怪獣と赤髪の少女 16

「じゃあゼタ、いってきマース」
 あれから二日後、ユリアンはすっかり元通りになって、仕事に向かった。道に落ち始めた木々の枯葉をくしゃりくしゃりと踏みしめながら、ユリアンはうつむいて考えていた。
 ゼタはというと、あの翌日の朝、ユリアンが起き上がると同時に”元通り”のゼタに戻ってしまった。やはりジョット・コーウィッヂの手紙に書かれたことは本当のようだ。
─────あと二回、か。
 あと二回で、ゼタは完全にゼタ・ゼルダの姿に戻るのだ。そうすれば、ユリアンの生活も以前のように戻るだろう。仕事も減らせる。でも。
─────ただいまを言う相手は居なくなるわけだ。
 ユリアンぐらいの年の娘は、この国では婚姻適齢期真っ只中にあたる。町でユリアンと同世代の女の子たちは、ぞくぞくと挙式を挙げていた。しかし、ユリアンのこの町での風評から、ユリアンにはそんな話はひとつも上がらない。今ユリアンは生涯独身の道へと突っ走って、いや、突っ走らされていた。
「おはようございまーす」
店の中の女将が、ユリアンのほうをちらりと見た。
「とっとと仕事にかかんな」
なんだかいつもよりも声が冷たい響きをもっている。
「はい」
ユリアンはいつも通り仕事を始めた。
 そして、その日の昼頃。
「すいませーん」
茶髪の青年が、店番の少女に声をかけた。店番の少女は急に目を輝かせた。色黒で長身の体から、すらりと手足が伸びている。服装からして、豊穣祭見物に来たどこかの貴族だろう。
「はい~!なんでしたでしょうかぁ~」
満面の笑みで答えた少女に、その青年もまた笑顔で答えた。
「赤髪で三つ編みの子が勤めてると思うんだけど、呼んでくれないかなあ。昨日も来たんだけど、お店休みでねぇ」
少女の笑顔は一瞬にして固まった。
「…赤髪で、三つ編み」
「そう」
「……しょ、少々お待ちくださいませ」
引きつった顔でぱたぱたと奥へ入っていった。呼ばれた赤髪の少女ユリアンもまた怪訝そうな顔つきで現れた。
「はい、なんでしたでしょう」
「あ、そうそう、君だよ、君。覚えてるかなあ。豊穣祭の前日に店であったの」
妙にいい服を着た金髪の青年といっしょにいた、負けず劣らず身分の高そうな茶髪の青年その人だった。
「ああ、あのときの」
「そう、あのときの。で、今からちょっと外で話せないかな、と思ったんだけど」
「え? 今、ですか? それは……」
「あの店長さんに聞いてみないと駄目かな。だったら、ちょっと店長さん呼んでくれない?」
そもそも用件がなんだかも言っていないのに、どんどん話が進んでいる。訳もわからぬままに女将を呼んできた。
「ユリアン、奥いってな」
女将はユリアンをにらみつけた。
─────これは、やばい。給料下がるかも
こういう顔をしたときの女将は、大抵ユリアンにとってよくないと、ユリアンは重々承知していた。
 しかし、予想外の展開が起こった。一言二言その青年と話した女将は、ニコニコしながら戻ってきた。
「ユリアン、ちょっと付き合っといで」
「……は?」
「行っといでって言ってんだよ、早くしな」
あのわずかの時間に一体何があったのだろうか。青年は扉を開けてユリアンを待っていた。
「表で話そう。内容は少ないからさ」
ますます訳が分からない。
「一体、何なんですか? こちらとしては……」
「『何がなんだかさっぱりです』だろう。それを今から説明するからさ。手短に言うとね、この前僕の横にいた金髪の人はこの国の国王で、その国王が君のことなんか気に入っちゃったらしくってね。よかったら都に招待するけどっていうことなんだ」
─────ちょっと待ってよ
 『ねえ、この店のおすすめってないかな?』
─────あれが、国王。こくおう。コ・ク・オ……
「えええええーーーーー!?」