怪獣と赤髪の少女 15

「ゼ……た?」
あっけにとられるヒーリ。しかしゼタは自分の姿などどうでもいいという感じだ。簡素な服をまとったその人物は言った。
「俺が行ったほうが早いだろ。薬屋はどっちだ」
「えっと…」
道を教えなければ、と思ってしまう。これがゼタ・ゼルダか、と、妙に納得してしまう不思議な雰囲気だった。
「ヒーリ、ゼタ。ユリ姉ちょっと落ち着いたよ。……って、だれ?そのひと」
ロイはぽかんとして見上げた。
「じゃあ、いってくるな。金は……ああ、よかった。封印される直前にポケットに突っ込んだのがそのまま入ってるな」
ゼタは踵を返して走り出した。見る見るうちに、林を抜けていった。
「……あの声、まさか」
「その、まさか」
ロイは一瞬ユリアンのことを忘れた。
 
 
 
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「はあ、はあ」
祭直後の町は静まり返っていた。酔っ払いの姿もみえず、嵐が過ぎ去ったかのような町には、唯一ゼタだけが歩いているようだ。
─────嫌な風が吹いてきやがった
雨の前の、あの湿った風が、ゼタの頬をなでる。ヒーリの説明がよかったのか、ゼタの方向感覚がよかったのか、薬屋はあっさり見つかった。
 がらんがらん
扉を開けると、中には一人の老婆が座っていた。
「おい、高熱の薬分けてくれねえか!」
「あんた、どこのもんだね。見ない顔だねえ。その薬、誰に使うんだい。仲間かい?」
「…そうだ」
「……女か。え? そうだろ。くっくっく」
老婆は話を聞いていないようだった。にんまりと笑いながら、手元で薬を調合している。
「そいやあ、向かいのパン屋から出てきたあの悪徳領主の孫も顔色悪そうだったねえ。あの小娘、こんな兄ちゃんたぶらかしてんのかい。まったく。かわいい顔してやることやってんだねえ。あの領主の孫だけのことは、あるよ。……ほいよ。三十ウパニーだよ。早くもってきな。ホントはあんなのに分けてやりたかないんだから。けっ」
相場よりもかなり高値だったし、ユリアンに対する侮辱に後一歩で殴りかかるところだった。
─────今はユリアン第一だ。
台の上からひったくるように薬を取ると、代金を払って店を出た。
 外は雨。薬を抱かえて、わずかにぬかるみ出した地面を蹴って、道を急いだ。
─────聞いてはいたが……
ロイとヒーリから聞いてはいたが、ユリアンのこれまでの生活は、相当悲惨なものだったであろう。あの侮蔑の表情。あれでは医者に行くこともできないのではないだろうか。二人が心配した理由もわかった。
─────早く、早く帰らなければ。
 
 
 
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 ユリアン宅では、ロイとヒーリがベットの上のユリアンに、ゼタのことを話している最中だった。
「びっくりした」
「ほんっとにびっくりした」
口々に話す二人に、ユリアンは弱々しく笑った。
「そっか。ゼタ、戻れたんだ」
確か三回目に人間に戻る時が、本当に封印が解ける時だったはずだ。
 がちゃん
 ゼタが帰ってきた。全身びしょぬれだ。髪の毛からも水滴が落ちている。体もふかずに、薬と水を用意して、ユリアンの横に近づいた。
「ゼタ?」
目の前の青年がゼタなのだろうか。
「ほら、薬。起きれるか?」
そのようだ。ゆっくりと起き上がる。
「ごめんね。あたし、ひどいこといった。ゼタが昔話しかしないって。当たり前だよね。仲間のことだもんね。ゼタの、一番の」
「……バカヤロウ」
いつか箱を見たときと同じような口調で呟いた。
「んなこという前に、とっとと薬飲んで寝てろ」
薬を飲み、すぐに横になった。そしてまた、にっこりと笑った。
「ありがと」
そのまま眠ってしまった。
 ロイとヒーリはそのあとすぐに家に帰った。家に来ている国王一行の相手をするためだそうだ。体をふいたあと、ゼタはずっとユリアンの横に座っていた。