怪獣と赤髪の少女 14

 豊穣祭は過ぎた。ユリアンはパン屋から一歩も出ることなくその日を終えた。本当は国王も見てみたかったのだが、女将が許さなかった。他の店員が帰ってからも、ユリアンは仕事を続け、帰宅したのは翌日の明け方だった。その代わりに、その日から二日間の休みをもらった。
「ただいま」
ぐったりとした声をあげるユリアンに向かって、ゼタは言った。
「お・そ・い!」
「……」
「あのなあ、俺がどんだけ待ったと思ってるんだ。飯もあるし、洗濯物もあるし、まったく」
「…仕方ないじゃない。豊穣祭、それも国王が来てるのよ。あの客入りの中抜けられるわけないじゃないの」
いつに無く怒った調子の声に、ゼタは言い返す
「ジョットだったら抜けてこれたろうよ。……しっかし、ほんっと……」
心配かけやがって、と続けようとした時だった。
「……何よっ! 毎回毎回ジョットジョットって! ゼタはいっつも昔のことばっかしじゃないの!」
「…な…んだとお」
「その通りじゃない。元に戻りたい、あのころはよかったばっかり。先のこと考えてるの? それに、何度も言うけど、あたしはジョットじゃ…な……」
 ばたり、と、ユリアンが倒れた。
「おい。どうしたんだよ、急に。そんだけまくし立てといて…」
ユリアンの顔を覗き込んだ。
─────っ…こいつ……
 ゼタは青ざめた。ユリアンは汗びっしょりで、呼吸もかなり荒かった。額に触れてみると、かなりの高熱であることがわかる。それでもユリアンは立ち上がろうとしながら何か言おうとしていた。
「…あ…たし……は……」
「しゃべんな、ユリアン! 」
─────くそっ。昨日の朝、やっぱし調子悪かったんじゃねえか。
「いまタオル持ってくるかんな!」
ユリアンはゼタに呟いた。
「…やっと……名前…呼ん…でくれた……ね……」
にこっと笑うユリアンを見て、唇をかみ締めるゼタ。そこへ、二週間ぶりにロイとヒーリが顔を出した。二人がドアを開けるや否や、ゼタは二人に言う。
「ユリアンをベットに運んでくれ」
ゼタの顔とユリアンを見て、二人は慌ててユリアンをベットに運んだ。
「「ユリ姉っ!」」
二人がかりでやっとユリアンをベットに運び上げ、ロイにユリアンの看病を任せた。ヒーリは今までに見たことも無い顔で、ゼタを家の表に連れ出した。
「……ゼタ、僕らいったよね。ユリ姉のこと見ててあげてねって」
「…ンなこと」
「口答えするなよ、ゼタ!」
ヒーリの語調が強まった。
「おまえ、ユリ姉がどんな仕事してるかぜんぜん知らないだろ。ユリ姉が働いてるのはなあ、町で一番きつくて一番給料安いって評判の店なんだ。どんな人でも三ヶ月ともたずにやめてく。しかもおまえのためにユリ姉は仕事増やしたんだぞ!! 」
 ゼタは目を見開いた。考えてみれば当然のことだ。はじめからユリアンの生活はぎりぎりのラインだった。そこにもうひとり、労働力にもならない居候が増えたのだから、今までの収入でやっていけるわけが無い。そんなことをかけらも考えずに、ゼタはユリアンの言葉通り、遠慮せずに食べてきた。
「豊穣祭にきた国王一行が家に泊まってるから、しばらく抜け出せなくなっちゃっうし、だからゼタに頼んだんだよ! ユリ姉、調子悪くても絶対口に出さないから」
─────俺は、何をしているんだ。
今の今までユリアンの不調を見逃し、その上帰ってくるなり悪態をつき、である。それでもユリアンは、笑った。やっと名前を呼んでくれたと。
「なにやってんだよ。いつまでも人間に戻れないでいるのは、ユリ姉に甘えてるからだ」
まったくその通りだ。なにをやっている。ユリアンが危ないというのに、自分は何も出来ないのか。なぜにんげんになれない。ナゼ……
「ああ、愚痴ってもしょうがないね。とにかく薬屋に行ってくる。ゼタは留守番してて…」
ヒーリが顔を上げた。しかし、いつもの足元目線には、ゼタは居なかった。
 そこにあった人間の足にそって目線を上に移す。
「俺が行く」
 銀髪の青年が、伝説の、あのゼタ・ゼルダがそこにいた。