怪獣と赤髪の少女 13

 夏の暑さも少し和らいだ9月。窓から差し込む朝日は、ユリアン宅のテーブルを照らし出していた。食卓に並ぶのはユリアンの手料理。
「いっただっきまーす」
 ゼタは今日も快調な様子だ。
「ゼタ、そんなにがっついて食べなくても、別に朝ご飯は逃げないって」
ばくばくと料理を平らげるゼタに、ユリアンは言った。
 ユリアンのご先祖のおかげ(?)で、ゼタが元の姿に戻る方法は分っていた。
「ねえ、ゼタ。元に戻りたいと思ってるの?」
「ああ、思ってるとも」
 ゼタはサラダを口いっぱいに頬張りながら、なんだか投げやりな答を返した。
「思ってても戻れないんだ」
「願い方が足りないんじゃないの? もっと…こう……切迫しないとさあ」
「そう言われたって……」
どうすればいいんだ、と、続けたかったゼタは、ユリアンの方を見て、眉をしかめた。
「……おい、おまえ今日なんか顔色悪くねえか?」
「え?そお?あたしは別にいつも通りだけど」
 やはり、なんだか具合が悪そうな感じだ。ゼタが一言返す前にユリアンははっとした様子で叫んだ。
「……いっけない!もうこんな時間!ゼタ、洗い物よろしくぅ!」
「おい!」
ユリアンはもうドアを閉めていた。ため息をついて、ゼタは流しを覗き込んだ。
─────洗い物、ねえ。
 この前の掃除以来、ユリアンは洗い物をゼタに”一任”していた。ふてくされながらも、食器を片付ける。
─────あいつ、ホントに何とも無いのかなあ。
 さっきのユリアンの様子がひっかかった。しかし、その引っかかりも間もなく消え去った。
 
 

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「星くるみパン五十追加ぁー」
「……はーい」
 ユリアンの勤めるパン屋は、一年でもっとも忙しい時期を迎えていた。明日は町の豊穣祭が行われる。例年ならば忙しいのは前日と当日の二日なのだが、今年は特別だった。
 豊穣祭はどこの地域でも行われる祭だが、他のイベントと一つ違う所がある。大きな町には毎年持ち回りで国王が来訪するのである。だいたい百年に一度回ってくるのだが、今年はなんとこの町の番なのだ。周辺の村々からも大勢の人が詰め掛けていた。その人たちは、もう町の宿では収まりきらず、野宿をする者もかなりの数になっている。
 その人々が、食料を調達するのは、もちろん、この町である。この町には他にパン屋はない。というか、二軒あるのだが、両方ともこの店で、ユリアンのいる方が支店にあたる。おかげで一週間程前から徐々に客が増え、ユリアンは今、いつもの勤務よりもさらにキツイ仕事をこなしていた。いつもは厨房にたっているだけなのだが、今日は店への品出しもこなしていた。町の人はユリアンのことを知っているため、ユリアンを外から見ただけで中に入ってこなくなる場合もあるのだが、外部からやってきた人は、ユリアンに関する先入観がない。むしろユリアンの顔立ちは整っているほうだったので、かえって売上に貢献しているぐらいだった。
 厨房からパンを店へと運び出すユリアンは、店内の人の多さにうんざりした顔をしそうになった。さっき追加で作ったチョコパンは、もう売り切れていた。
「ユーリアーン!! まだ出来ないのかーい!!」
「はーい!」
パンを運び出すユリアンに、金髪の青年が声をかけた。
「ねえ、この店のおすすめってないかな?」
正直うざったいのだが、そこはひとつ営業スマイルだ。
「ただいま焼きあがりました星くるみパンは、この地域の特産物の星くるみを使用しておりまして、大変人気となっております」
隣の茶髪の青年とうなづきあってから、
「じゃあ、それにしよ。いくらかな」
「百三十ベルワでございます。お会計は、あちらの会計所でお願いします」
「わかった。ありがとう」
二人は二個の星くるみパンを手に、会計所に向かった。
─────結構身分の高い人だわ、今の人。
 青年たちの着ていたものは、シンプルではあったが、ユリアンのような一般市民でも、ちょっと見ればその質の良さが分るものであった。ただ、この店内でそこに目を向けたのはユリアンだけだったらしい。二人に目を向けると、周りの人に押されて、パンを落としそうになっているのが分った。くすっと笑いをもらしたユリアンに、また女将の声が飛んできた。
「ユリアーーン!! 輪投げパン三十」
 店を出た金髪の青年は、茶髪の青年にいった。
「あのこ、どう思う?」
「あのこって?」
「ほら、品出しやってた三つ編みの……」
「ああ、あの。おいおい、年が違い過ぎないか?」
「かわいかったよな」
「……そこは認める。が、手を出すにも祭りが終わってからだぜ、国王陛下」