怪獣と赤髪の少女 12

「……ゼタ、裏切られてないじゃないの」
「あったりめえよ。俺の仲間が裏切るはずないだろ。生首持ってったのがあいつらだっていう情報から、『裏切った』ことになったんだろ。まあ、逃亡資金得るには一番いい商品だったしな、俺の首って」
「ふーん、ゼタって結構スゴイ海賊だったんだ」
「おう。銀色の剣神ゼタ・ゼルダといやあ、海辺の町では誰もが知ってる位だったんだぜ」
「それにしてもあたしのご先祖サマってどんな人だったの? この文面見る限りでは海賊にしてはきちっとしてるじゃないの」
「うんうん、そうだろうそうだろう」
 妙に得意げなゼタに不信感を覚えたユリアンは、ゼタに言った。
「? どういうこと?」
「ふっふっふっ。あいつに字の読み書きとマナーなんかを教えたのは、何を隠そうこの俺だからな」
「はあ!? ゼタがマナー? 何がなんなのかサッパリ分んないよ。なんで海賊がそんなもん知ってるわけ?」
「ああ、そうか。言ってなかったっけ。おれ、元王宮騎士団長だったんだぜ。そういえば俺の素性もあんまし伝承にはなかったよな」
ごくあっさりとゼタはそう言ってのけたが、
「え!!えええええええーーーーーー!!!」
 家中が揺れるような大声を張り上げるユリアン。それもそのはずである。ユリアンのすむこの国は、戦が少ないせいで平和ぼけしているところはあるものの、現在でも軍が高いレベルを保っている。そのなかでも王宮騎士団といえば、国中からやってくる志願者のうち、毎年上位数十名しか採用されないのである。その団長とはつまり、この国最強の剣士ということなのだ。しかもゼタの時代はまだ戦が頻発していたわけだから、現在とはレベルが違う。
 自分の先祖の手紙が出てきた今、ゼタの言ったことは、ユリアンの中で信憑性を増してきていた。
「騎士団にいたのに、なんで海賊になったのよ」
驚きの表情を引きずりつつ、ユリアンはゼタに尋ねた。ゼタは言葉に詰まった。
「……国のお偉方には戦争中に貧乏人の税金で贅沢してるやつらがわんさかいたんでよお、何とかしてくれ、って、そんときの国王に直訴したら、指名手配されちまったんだよ。んで、もう王宮に未練は無いってんで、海賊ってわけだ。」
 いつの時代にもありがちな階層社会のひずみ。海賊ゼタ・ゼルダを裏切ったのは、仲間ではなかったのだ。ユリアンの中で真実だった歴史が、いとも簡単に塗り変わった。それをこんなにもあっさり言ってのけたゼタを、素直に尊敬した。信じていたものに裏切られるのは、どんな気持ちだったろう。
「ま、おかげであいつらに会えたわけだから、ぜーんぜん後悔しなかったけどな。騎士団の中には俺のこと信じていっつも逃がしてくれたやつもいたし」
─────ゼタって結構大物だ。
「ねえ、結局あたしのご先祖の話じゃなくなってるよお」
「おう、わりいな。あいつは……、ジョットはおまえそっくりの童顔でなぁ……」
 その日ゼタはずっと三人の仲間のことを話し続けた。ジョット、ベータ、チリカ。この三人は、ゼタにとって特別らしかった。ユリアンには、三人のことを話しているゼタが、箱から出てから一番幸せそうに見えた。
 そして、ユリアンは考えた。その三人がゼタの”特別”なら、ここに居る私はなんなのだろう。私は自分のことをあまりゼタに話していない。でも一緒に居ること、それは少しはゼタに影響を与えているのではないのか。もしそうでないなら私はいずれどこかの誰かになってしまうのだろうか。私は……
「……おい、聞いてんのか?」
「あ、うんうん」
─────なに考えてんだろ。そんなのどうでもいいじゃん。
ここまで来て、ユリアンは自分の考えをかき消す。
 ユリアンはまだ気づいていない。ユリアンにとってのゼタの存在が、もう十分大きくなっていることに。