で、私は晩酌。今日はちょっとヤケ酒はいってるかも。
だって、頑張ったのよ。わたし。頑張ったんだから。
確かにカラスさんは仕事で疲れてて、料理なんて味わう暇ないのかもしれないわ。でも、でも!
さっきから結構な量飲んでるのに、いつもみたく眠る気にならないわ。全然。
そりゃあ、私とあなたは単なる政略結婚の仲よ。でも、もうちょっとなんかないの? 接し方ってもんが。
テーブルに突っ伏して、大きな大きなため息を吐き出す。
吐き出しても吐き出しても気が楽にならない。何故?
がたん
あれ? 何かしら、この物音。
あっちだ。あっちは…ヤナの部屋…よね。
どうかしたのかしら。
夜だから、足音は厳禁。
そろりそろり。
ヤナの部屋のドアが、ほんの少ーしだけ開いている。
「…あ…だめぇ…」
ヤナの声だ。もしかしてこれって。
「無理」
しかもこれは。
「でも…ぅんっ…」
見た。女主人は見た。実際に。
ヤナの相手はマイケルだった。
えーーーーー! まじでーーーー! うそーーーーー!
って、こんなことしてる場合か、私。
こっそりと、その場を離れようとしたときだった。
何者かが、私の肩を叩いた。
振り返る。
もう一歩で、「きゃぁっ!」と声が出るところだった。
そこにいたのはカラスさん。私の口を押さえて、人差し指を立て、しーっというポーズをしている。
彼はゆっくりとその手を離すと、目線を動かした。その目は、この場を離れようと言っていた。
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「あなた、知ってたのね」
「…知らなかったのか」
寝室に入って、ベッドに腰掛ける私。カラスさんはベッドに横になった。
斜め下目線で彼を見下ろす。
「でも、まだ早くないかしら」
カラスさんは目を見開いた。
「アカエ、マイケルがいくつだと思ってるんだ?」
「え?」
「もうあいつは二十だぞ」
「うそ…」
だってだって、どう見たって十五、六じゃん!
あ、でもそれを言うならヤナも結構な童顔だから、ありえない話ではないかも。
「俺はそれ以上に、相手がヤナだということに驚いた」
「? どういう意味?」
「アカエが来てから一週間ぐらいのころ、相談を持ちかけられた。好きな人がいるんだが、どうしたらいいのかさっぱりわからない、とな。あれでもあいつは女に不自由してない口だ。そのあいつが恋愛相談。しかも相手は恋愛経験ゼロのメイドときた」
開いた口がふさがらない私。何? この展開。
「『そういうのはお前のほうが良く分かるだろ?』と言ったら、『自分が好きになったことは一度もない』んだと」
ほとほと嫌気がさした、という顔をしたカラスさんが、なんだか不思議な生き物のように見える。
「で、あなたは何て?」
「…『とりあえず告白からじゃないのか?』」
ほんとに、そう思ってるの?
マニュアルじゃなくて、あなた自身がそう思ってるのだったら。
そうしたら、何も言われていない私って、何?
そう思ったら、なんだか笑えてきた。もう、どうでもいいや。
カラスさんはまだベッドの掛け布団の上に寝そべっているけれど、私は一足先に、掛け布団の中にもぐりこむ。
「おやすみなさい」
カラスさんは返事もしない。
一息ついて、カラスさんに背中を向けて目をつぶる。
「アカエ」
カラスさんがごそごそとベッドにもぐりこんできた。
いいもん、もう寝るもん。
「ぅ……った」
「ん? 何?」
首だけカラスさんのほうに向き直る。
カラスさんと一瞬目が合ったけれど、彼はすぐに目を泳がせた。一体何?
「もう寝るわね」
「あ…」
何よ、もう。
「うまかった。ごちそうさま」
カラスさんの顔が赤くなっているのが分かった。ほっとした。
「おやすみv」
私は彼のほうに体をむきなおした。
彼はなんにも言わないし、なんにもしなかったけど、まあいいか。