一日経つと落ち着くものね。今朝はピリピリしたけど。
グレイは普通だった。ヤナとマイケルは…明らかに怯えてた感じ。
あの三人には、悪いことしたわ。
でも、それも慣れよ。慣れ。私は大丈夫。
「奥様」
「なぁに?」
グレイは深刻そうな顔をしていた。
「あの…旦那様とのことなのですが…」
「ああ。で、何?」
「事情を少々、あの二人から聞きました。何でも酒場があることを、旦那様が教えていなかったとか」
「ええ。ま、あの人がどこで誰と何をしようが、私には関係ないわ」
あ、言い過ぎた。やっぱり、私、まだいつもの私じゃない。
「…旦那様は、そういう方ではありませんよ」
でも、事実酒場で何をしているのか、教えてくれなかったじゃない。
「あの方は…真実貴方一人です。私が言うんです。間違いございません」
「もしそうだとして、何で理由を言わなかったのか、私には納得いきませんわ」
こっちだって、こっちの言い分ってものがあるの。わかる?
「なら、その酒場に行ってみればいいのでは?」
そうか。こっちに来てから、本当に私って、行動力ってものがなくなっちゃってたのね。
今日からカラスさん、舞踏会の準備で忙しくて、夜遅くなるって言ってたし。
絶好のチャンス! 一杯飲んでこれる! じゃなくって。
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と、いうわけで、日も落ちたから、マイケルに道案内を頼んで、しゅっぱつ!
久しぶりにウキウキ気分。
まあそりゃあ、カラスさんの愛人が気にならないわけじゃないわ。
でも、それは最初からある程度予想済みだったわけ。だから、ここからは、私の楽しみ。
酒場がいい感じのところだったら、これからは私の行き着けにしちゃうんだから。そしたら、カラスさんも浮気なんて出来ないでしょ。
「そろそろですよ。ほら。あれです」
一本道なのね、本当に。これなら迷子にならないで来れそう。
マイケルが指差した先には、小さいけれど、煌々と明かりの灯った建物があった。
「これがドアね」
分かりきっていることを一人ごちるなんて、おかしいわね。緊張してるのかしら、私。何を?
ガランガラン
ベルが鳴った。一斉に人が振り返る。
「こちらへ」
ものすごく小さな声で、店員が誘導する。私は…奥の席ね。
「あっと、じゃあ、僕は帰りますね」
「あら、いいのかしら? 私一人置いていっても」
「どうしてもやらないといけない仕事があって」
「どんな?」
「…黙秘します。っていうのは、ダメですか?」
「だ・め。と、言いたいところだけど、いいわ。帰りもこれなら一人でいけるから。一杯飲んだら、すぐに帰るわ」
一人のほうが、色々と気が楽だし。あの人が帰ってくる頃合を見計らえばいいのよ。時計はちゃーんと持ってきたもん。
「じゃあ、失礼します」
ガランガランと音を立てて出て行くマイケル。
「…モスコミュール、お願いできる?」
「かしこまりました」
なかなかの色男ね、このバーテンダー。この人かしら。カラスさんの愛人。…なわけないか。
辺りを見回すと、どう見てもその筋の女の人もいる。やっぱり、そういうこと。
男は…鼻の下伸ばしてるやつと、ちらちらこっち見てるのと。どこの国でも一緒なのね、こういうところは。
「お一人ですか?」
ほら来た。
「ええ」
「しばらく話し相手してもらえませんか?」
「ええ。かまわないわ」
大方酔い潰して押し倒そうって腹でしょうけど、甘いわね。
私、ザルなんだから。