「ところで、ゼタ。君、転職する気はないか?」
さっきあれだけやりあったというのに、単刀直入なケイトクの切り込みに、ゼタは驚いた。
「は?」
「この国の軍隊って、弱体化の一途をたどっているんだよね。僕が言いたいこと分かる?」
「さっぱりだ」
「ゼタ、君なら知ってると思うんだけど、王宮騎士団って、決闘して万が一負けた場合、双方を国王が承認すれば、その相手と地位を交換することになっているんだな」
「おいおい、ちょっとまてよ」
ゼタはケイトクの意に気がついた。
「俺に騎士団長やれってか?」
「ご名答」
─────無茶苦茶な…
ユリアンとゼタはほぼ同時にそう思った。
「だ、第一、お前はいいのかよ。それによ、ジルコーニの…」
「俺は賛成」
すかさずジルコーニの合いの手が入った。
「だってよお、王宮騎士団長ってのは、国で一番強えやつがなるもんだろ。俺、今思いっきり負けたし。この先騎士団長やるの、気が咎めるんだよな」
─────それは俺の台詞だろ!
その言葉はゼタは心の中に留まった。ジルコーニはニヤニヤしていた。
「どうする?」
ケイトクは問うた。ゼタは黙っている。
「やります」
ユリアンが言った。
「な、何でお前が返事すんだよ」
「だってね、だって…」
「だからなんだよ」
ユリアンはゼタに、耳貸して、と言った。そして、背伸びをして、ゼタに囁いた。
「だって、ゼタが戦ってるの、カッコよかったんだもん」
ゼタはそのユリアンがおずおずと後ずさってから言った。
「分かったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ」
ぶっきらぼうで、どこか嬉しそうなゼタを、ケイトクとジルコーニが見ていた。
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数日後。ユリアンとケイトクの婚約発表がされる”予定だった”日。ケイトクとジルコーニ、そしてラナ、ヤナは、王宮の裏門に来ていた。
「あの、二週間でしたが、ありがとうございました」
ユリアンは深々と頭を下げる。
ゼタは八百屋の主人に仕事をやめることを告げ、部屋を引き払った。新居はまだ決まっていない。
二人は、あの町はずれの家にいったん帰る事にしたのだ。ユリアンはこちらに出てくるとき、必要最低限のものしか持ってこなかった。ゼタの仲間の残した遺品を全てあちらに置いてきてしまったのだ。それを取りがてら、ロイとヒーリにも挨拶しておきたかった。
「ユリアンさん」
ラナが声をかける。
「これから大変だろうけど、がんばって下さい。そちらの方と、お幸せに」
にこりとした。
ケイトク、ジルコーニ、マルコらと話し合った結果、ゼタ・ゼルダと言う名前が明るみに出ると、大騒動になってしまう。その話は、伏せておくことにした。
ゼタの現在の身分は、ユリアンの夫、”ゼタ・コーウィッヂ”で、戸籍については、孤児だったので、国や村に登録されなかったことにしてある。ユリアンとの結婚で、戸籍を取得した形だ。
ヤナが何かユリアンに差し出した。
「旅のお供に」
カリントゥー。あの店の包み紙だった。ゼタはあまり興味がなかったが、ユリアンは嬉しそうだ。
「じゃあ、行くね。また、二週間後に」
ユリアンとゼタは、ペコリとお辞儀して、用意してもらった馬に二人乗りして、行ってしまった。
「あーあ。終わったな」
ジルコーニはケイトクにそう言った。
「何でかな。僕、一応振られたのに、そんなに悲しくないんだ」
「踏ん切りが早いな。さて、俺は仕事に戻るかな。王宮騎士団副団長として」
そこに、未練がましい響きはなかった。すがすがしい風が、王宮を吹きぬけた。
「僕も、仕事するか。ラナ、ヤナ、あそこの…」
こうして、王宮の非日常的な二週間は終わったのだった。