ドラッグストアへようこそ 35

 王宮魔法師が持っていた呪符の柄。
 昔だれかに見せてもらった古い本、人間界では禁種となっている古代魔法の呪符と同じ柄だった。
 触れたらフォニーは重度の火傷プラス魔力を半分吸い取られてしまう代物のはず。
 ついうっかりそれを持った手でフォニーに触れそうになった王宮魔法師のことを最大警戒する必要がある。
 よく古代魔法のやつ、覚えてたなぁ自分。そして、
—————ベータと違って実験したそうなわけではないのは良かったんだけど、これはこれでハイリスクね。
 魔王の不興を買うだけでなく、王宮魔法師の『おっと、ついうっかり』で消されかねない宴席だとわかった。
 国軍の使者も含めしばらくたったところで演習が終わったのか、人が掃けはじめている。
 ざわざわとしているこの間に、こそっと精力を吸えないかと思ったが、あの国軍の使者以外の過半数が術を掛けられており、精力どころか自意識すら怪しい生き物と化している。
 視点が合っていない。そのままゾロゾロと持ち場を離れ、家路についているようだ。
 王宮魔法師とおそらく軍の上の方の人間が話し合いをし、ベータとなんか挨拶らしいことをして別れて。
 スタスタと家のほうに戻ってくるベータのアイウェアが無駄すぎる輝き放っていた。
—————今日一番の収穫はベータがこういう場に出られる人間だってわかったことね。
 組織立った何かをやれる生命体だとは思っていなかった。
 目的があるとやれるのかもしれない。
 なにせメインイベントが自分の親の相手なわけで。
 フォニーはなんもしてないが、ベータのいつも通りの様子を見てもなお、つい、
「お疲れ」
 ベータはフォニーの言を耳にしてしばらく停止している。そして、
「お前、労いの言葉を掛けるなどという殊勝なことができる生き物だったのだな」
「そーよ。アンタとは違ってね」
 目元が軽く痙攣した。ムカつきすぎてよくわからない気持ち。
 そのまま屋内へと消えようとするベータの後ろをついて、フォニーも屋内へ。
 栄養ドリンクがなくてもイケそうだが、飲んでおいた方がいいであろうと飲み干す。
 ベータはカレンダーの今日の日にちにバツ印を付けた。
 刻一刻と日が近づいている。あと二週間で当日だ。
 まだこの後魔界の面々とのリハが待っている。人間界は比較的穏やかに済んだが、魔界はどうなのか。
 正直、一体感を持って組織的に動くなんて出来るわけがない気がするが、
「大丈夫なの?」
「分からん。だからこの前武器は磨いておいた」
 手渡されたのはフォニーでも持てそうな長さの剣と盾。
「リハ用だったの??」
「ないよりはあったほうがいい。自分の身は自分で守ってくれ」
「…まあ、そうね」
 フォニーも思っていたことではあったが、ベータがここまでよく分かっているとは。
「魔界のリハーサルって誰が来るの?」
「さあ」
「兄と姉は…いや、ないな」
「弟と妹は?」
「いたような」
「情報適当すぎくね?」
「ほぼ会うこともない。死んでいたりもするらしいから」
 突っ込みにくい。わかったよ、もう。
 ベータが残りの武器を店舗床の隅に押しやりながらそそくさと棚の整理にいそしみ始める。
 フォニーは今日の陣営のおさらいをし、万一のための脱出経路を再確認するために外に出た。
 夕日が沈んでいくが、当日は夜開催なのでこの辺りが開始時刻になる。
 そして夜通しだ。
 サバトと見まごう人数の多さでこの小さな家を取り囲むのだろう。酒も国中から取り寄せるそうだから、この庭は荷馬車と人で埋まるはずだ。
—————とんでもねぇな。
 聞いている話が今日のリハで現実味を帯びてきた。
 呆然と看板を見て居たら、ベータが外に出てきた。
 何か家の周りに書き物をしている。魔法陣か?
「何やってんの?」
「魔法陣を強化しないといけない」
「結構この前やってたじゃない」
「今日改めて王宮魔法師の持ってきた呪符やらを見てな。これでは弱い」
「ああ、あの古代魔法のやつとか?」
「知っていたのか」
「うん。うっかり攻撃されかけたからね」
「…そうか。じゃあ、強化している理由も分かっただろう」
 王宮魔法師のうっかり古代魔法発動で家が消し飛ぶのを防ぐためか。
「前に国王が家に来た時に分かってたんじゃないの?」
「聞き耳を立てたな」
「ええ。思い切りね」
「…あの時は静かに立っているだけだったから」
「そう。じゃ、リハーサルやった甲斐あったね」
 ツタツタと苛立つ顔をしながらベータがせっせと家の周りに何かしている間、
「アタシ、屋内にいたほうがいい?」
「ダメだ。外にいろ」
 ちぇ。つまんねーの。
 というのもフォニー的には今日のリハ中、暇だったのだ。
 構われ足りない。
 だれに? というのでもないのだが。…ないはずだ。
 上空に舞い上がると、ベータが描いた魔力の跡がうすぼんやりと暗がりにオレンジ色の光となって浮かび上がりジワリと地面に染み込んで消えていくのが見える。
 夕日の色とも馴染んで地面と家が闇の中の光に溶け込んでいくような。
 ベータの見た目偏差値と比較してはいけない美しさで、ぼんやりと眺めていると、魔法陣の絵柄がすべて完成したようだ。
 オレンジからピンク、白、へと段階的に色を変えて一瞬強くなった光は、そのまま今度こそ完全に消えた。
 さらにベータは何かを上に撒いて、呪符も家屋に貼り付けているようだ。
 だいぶ防御力高くなってるけど、フォニーは家に入れるのか?
 ベータが上を見上げている。
 フォニーのことを見ているのだろうか。降りろということかもしれない。
 するするとベータの方へ着地すると、
「入っていいぞ」
 店の入り口を指すので、ドアノブに手を掛けると、
「冷たっ!」
 ベータの表情がゆがんで、フォニーの手を取る。
 手のひらを見て、呪符をかけると、手のひらの冷たさは取れた。
 ベータがドアノブを開けて、
「入れ」
「なんかあったらどうすんの? てか、謝罪ぐらい頂戴よ」
「すまん」
—————やべぇ。ベータが謝った。
 てことはあの冷たさ、魔法の副作用だったんか。
 怖くなってドアから屋内に入ると、特に普段と変わりなかった。
「入ったわよ」
「分かった。しばらく外出時は俺がドアを開けるから」
 フォニーがあからさまにめんどくさそうな顔をすると、
「我慢しろ」
「やだ~って言いたいとこだけど…」
「家ごと消し飛ばされるよりましだろう」
「魔族のほうは心配しないでもいいの?」
「魔王が楽しく飲んでいる現場を壊す魔族はいまい。お前がビビっているのと同じ理由だ」
「そーね」
 納得の回答であったが、フォニーの返事にはちょっぴり毒気が出てしまっていた。