ドラッグストアへようこそ 34

 国軍の予行演習は、晴れやかな日に行われた。
 全員ではないらしく、一部ピックアップしたメンバーで魔法がきちんとかかるか等を試すのだそうだ。
 で、フォニーの顔も覚えてもらいーの、向こうの様子も見ーのというイベントなのだが。
「お前…」
「アラ、知らない顔ね」
 国軍の、あの使者。
 なんとも悔し気な顔。それを見たフォニーは、もう一回今日コイツから精力を絞れないかな~という気持ち。
 多少使者も思い出しているようなので、もしかしたらこのイベント後にはひと絞りできる程度に溜まっているのではなかろうか。
 邪なフォニーの思いは顔からも脳裡からも染みだしていたようで、
「控えろ」
 ぼそりと、ベータの声だ。
 そのまま国軍の使者も通り過ぎ、向こうのほうの大柄な誰かと話をしながらフォニーを指差している。
 挨拶、という感じではない。
 一方的にフォニーの顔や姿だけしげしげ眺められているので、なんとも奇妙な。
 普段は夜隠密行動しかしていない。衆人環視の中、周りの陣形をふわ~っと眺める。たぶん今はガラガラな感じのあの辺とかその辺とかが人で埋まるのだろう。
 裏庭のほうにも人がいる。特に危険ゴミの周辺には外から何かされないように結界を張るなどする想定のようで、魔法使い数人が練習している。
「ゴミ捨て場として当日も続々ゴミが増えることが想定されるからな」
「まじすか」
「パネェ」
「やべぇ」
 先輩の指示にビビりまくりの若手。
 先輩が杖でゴミ山をつんつんすると、ゴミから例の玉虫色の煙が立ち上り、若手からどよめきが起こっていた。
 家ン中はそんなもんじゃないのよ、と内心ドヤ顔しながら行き過ぎる。
 ベータはといえば、何かの相談をしているようだった。
 『俺魔王の息子』発言以降、ベータの意外過ぎる様子にフォニーは普段のアレは何なんだと思うことしばしば。
—————話し合い、できるってどゆこと?
 だってあの…あの!ベータがだ。普通の人間と普通に話し合いをしている。
 最初、フォニーに魔法で幻覚でも見せているのかと思った。
「あのあたりに人が…」
「魔族は…」
 とか、今みたいに漏れ聞こえる話からするに普通に…至極全うに対話している。
 確かによく考えてみれば、孤児院の院長になったとか言っていたけれど、あの土地やら建物やらはベータが購入したか譲り受けたかしたわけで。
 代理人がいたわけでもないなら、ベータ自身が書類手続きしているということで。
—————手続きって言葉、一番縁遠そうなのに。よく自分の名前、サインできたよね。
 字、書けるのだろうか。…書けるのだろう。あの性教育本読めてたわけだし。
 なお、あの本は先週孤児院に行ったときに返却していた。宴席には不向きかつ親に見つかりたくない本だからだとフォニーは勝手に想像している。
 あんな歳でも、いやあんな歳だから、親に見られたくないものというのがあるのだろう。
 フォニーは親の顔も曖昧なごくフツーの魔族なので、その気持ちはよくわからない。
 分かったとてサキュバスなので、寧ろ『いまさらこんな初歩的なとこ?』と——気まずいのではなくディスりからの——より高度なテクニック本などの授与に至ること請け合い。
 魔王様は違うのだろうか。
 息子だけ別格なのかもしれない。早死にした人間の妻の息子だけは。
 上空に舞い上がると、人間たちのおおむねの配置は分かるものの、一部は靄がかかったようになっていて見えなかった。
 教えてくれなかった人員配置を自分でつかむことでいいことがないだろうかと思っていたのだが、そこがばれないように魔法をかけているのだろう。靄がかかっているようになったところの周りは、地面も他とは歪んでいて、別の世界を映しだしているように見えた。
—————だれのかねぇ。
 不思議なのだが、ベータがいつもやっている魔法と違って落ち着かない感じがする。
 と、地面のほう、誰かがこちらを見ているような。
 あの国軍の使者もだが、もう一人横にいる。ベータと話している誰かが、話しながらこちらを見ている。
 ベータも上を見て、何か言っているようだ。
 降りて行った方がいいだろうかと飛んでいくと、もう一人横にいる誰かさんが手を前に出した。
 フォニーは急ブレーキを掛けるが、見るとベータがその手を制止している。
 誰かさんはベータの顔を見て、手を下ろした。
 フォニーは安心し、ゆっくりと近づいて降りる。
「同居人だ」
「使い魔か?」
「いや」
「そうか。わかった」
 答えたのは女のような、男のような。
 短く刈り上げた髪だが、胸があるので女なのだろう。ゆったりとしたローブの上からでもわかるので巨乳。フォニーの敵。
「顔は覚えた」
 女はフォニーをジッと見て、
「誤爆しないようには気を付ける。裏庭を見ていいか」
「ああ、かまわん」
 ベータの合意に立ち去っていく。
 他人のはずなのに、ベータと同じ種族のにおいがする。
「誰?」
「王宮魔法師だ。この前話した、お前が気が付かなかった方」
 なるほど。同類のにおいは魔法使い臭だったか。
 よく言えば質実剛健、悪く言えばそっけない様子だった。
 もしかするとベータと会話が成立していたように見えたのは、あの人だけで、後は全員隙間を埋める要員だったのかもしれない。
 だってその王宮魔法師、すぐさま弟子らしき人物——たぶんこっちはこの前フォニーが気づいた奴——が駆け寄って行って、その弟子が絶叫している。
 そしてそのまま弟子に説教されているではないか。
—————あの王宮魔法師、ベータと同類のDQNに違いない。
 この前『へいか』が訪れていたときも、なんで王宮魔法師一人じゃなかったのか疑問だったが、おそらく社会性がないのだろう。
 そこいくと、まだ間に常時フォニーが張り付いていなくても会話をしているらしい姿というか、映像というかが形成出来るベータのほうがまともということになる。
「ま・と・も…って?」
 国軍の、あいつ以外の使者がもろもろ辺りを囲んでいるこの状況でマトモもクソもないと思い直し、自身の身の安全のため、万が一の逃げ道を確保できるようにするために抜け穴を探すが、やはりなさそうだ。
 この隙間を魔族の筆頭たちが埋めるわけで。
 ネズミの子でも抜け出す穴はなさそうな状況でサキュバスは逃げられないだろう。
 万一魔族の間で戦闘になったりしたら、応戦するしかない。
 多少は持つだろうし魔王がいるから発生頻度は多くないと思うものの、武器を磨いていたベータの姿からすると、『小競り合い』が『激しい戦闘』と同じレベルだと思われ。
 裏庭から戻ってきた王宮魔法師。その手に持っている呪符を見つめた。
「それ、何につかうんですか?」
 聞いてしまった。だって、
「魔族側の要員はお前と似たり寄ったりのレベルのものが多いと聞いてな。
 万一の戦闘に備えることにした」
 参考資料として役に立った、ありがとうと礼を述べながら行き過ぎる王宮魔法師。
 呪符を持つ手でそのまま肩を叩かれそうになったので、思い切り上空に舞い上がった。
「ああ、悪い!」
 本当に思っているのかわからない謝罪を口にした後、王宮魔法師はフォニーに見向きもしなかった。