ドラッグストアへようこそ 32

 出て行かないで色々頑張る。
 そう宣言したフォニーにベータは何を見たのか不明だが、いままでより目を合わせるようになったものの、時々気まずそうにする。
 フォニーはベータが何故そうするのか分からない・気にしないまま、日々を過ごしていた。
 大きく変わったことは一つ。
 今日のフォニーは裏庭には出ず、棚の上に手を伸ばした。
「このへんに…」
 草むしり士卒業。
 その代わり魔王との宴席準備で黒子の一人をやるために、家の中のあれやこれやをベータに教わりはじめていた。
 流れ流れして家庭内出世を果たしたフォニーだが、この家の棚がただの棚ではないことはベータに聞くまでわからなかっただろう。
—————まさか棚から亜空間につながってて三倍も物があるなんてね。
 棚の上のとっかかりを下に引き下げると、さらに同じ段数の棚が。
 お金のありかは教わっていないものの、当日宴席で使うだろう魔界にしかない香辛料はここに一部置いているのだそうだ。
 なんで? それは『過去に道すがら何らかの予期せぬ原因で燃え尽きたことがあり、予備が必要なのだ』ということで。
 怖すぎる。
 その他に孤児院への支援物資に使う予定の物はこの辺に貯めていっているのだとか。
 じゃあ、フォニーが孤児院に行く前の昼前に見た時は既に取り出された後で床中にお店が広がっていたが、お店を広げずに棚から取り出したものを一つずつ亜空間袋に収納しなおせば自宅内朝市を開催する必要はないのではないか。
 フォニーが指摘したらベータは、
『向こうで受け取って困る量でっ…だ、だったらよくないだろう』
 既に一度クレアに怒鳴りつけられていたらしかった。
 リスかハムスターか熊か、冬眠前の動物よろしくその辺の物を家のそこここに隠しているから余計に、物が多いという状態が分からなくなっているのだろう。
 フォニーの部屋の中の収納類だけが、唯一魔法がかかっていない道具である模様。よかった、安全安心で。
—————ま、来客用の宿泊場所にそんなんするのは無理よね。
 フォニーが探している必要なものが棚の中の亜空間側にも何もないことが分かったので、棚を元通りに。で、棚の上か。
 天井付近に飛び上がると、手前のほうに埃があって、奥のほうに箱があって、その箱の中に。
「あったあった」
 魔法の水差しで、事前に仕込んでおくと際限なく水が出る代物だそうだ。事前の仕込みをしくじると呪われるとのこと。
 これまでフォニーに草むしりしかさせてもらえなかった理由がようやくわかった。
 あんな危険ゴミがある場所でも屋内より安全だったのだ。
 フォニーはトラップを見破る訓練を積んでいるわけではないが、聞いてみたら確かにうっかり何かしかねない場所に様々な仕掛けがあるようだった。
 ベータの留守中に漁ったときにヒットしなかったのは奇跡に近い。永遠にベータには黙っておこうと思っているが、おそらくすでに頭の中を読まれてフォニーが留守中に漁ったこと自体はばれているだろう。
 『俺が言っていない場所は絶対に触るな』。
 思い出しながら、
「はい。水差し」
 持っていったらベータは中腰で何かしている。
 覗き込むと、店の入り口付近にあったあの金属の武器類を磨き上げていた。
「なんかあんの?」
「宴席前後でたぶん使わないとどうにもならないことになるから」
「…宴席でしょ?」
「暴れる酔っ払いもいる。魔族だからな」
「何人呼ぶのよ」
「兄弟姉妹のうち何人かだが、今年は周りを囲むからな。囲みの配置は教えられないが、お前の顔は伝えておく必要がある」
「兄弟姉妹??」
「魔王の先妻たちの子どもだ」
 先妻、いるんだ…。
「何人?」
「どっちがだ」
「え? 奥さん」
「4人」
「OH!」
 冷やかすフォニーと冷ややかなベータ。
 変だな、コイツのほうが非常識なはずなのに、フォニーのほうが非常識みたいだ。
「兎に角、今年は人が多いから」
 その後しばらくは、そんなこんなでごちゃごちゃと時も日も過ぎて行ったのだが。
 過ぎる時のなかで、アレコレと場所だけは覚えたのだが。
—————あたし、こういうとこ変に真面目なのがいけないのかしらね。
 単純に面白くなってきてしまっているだけだ。
 普通の家だと思っていたのに、からくりのないからくり屋敷ではないか。毎日ここしばらく、童心に戻って探検している気分だった。
 盛沢山の場所をおさらいし始めると何とか記憶に定着できそう。
—————覚えてどうするつもりだろう。てか、これじゃ召使いじゃね??
 使い魔よりも従順で使い勝手がいい奴になっているフォニー自身は、これも魔王に取り入るためと飲み込んだ。
 家の中の仕掛けをひとしきり教えられる程度には、ベータに信頼されているのだから。
 だが、フォニーの中ではどうしても、魔王の息子というラベルとベータが一致していなかった。
 ベータのインパクトが強すぎたからだろうか。幾つかある要素の中に、魔王の息子というラベルがあるだけだ。
 ベータの人物像の裏付けにはなったものの、ベータという生き物自体が別のものへと揺らぐほどの強いラベルではない。
 結局、ベータはベータでしかなかった。残念ながら。昨日も店の看板の注釈が読み取れるように磨き上げて満足気だったあたり、もう間違いなくベータ。
 フォニーが逃げ出さなかったのは、ベータがそんな感じだからなんとなく安心しているせいかもしれない。
 いきなり殺されるとかはない、って言ってたし。知らんけど。
「今日夕刻、国の人間が来訪するから部屋から出るな」
「アタシ隠れないといけないの?」
「人間の前では擁護できない」
「外ふらついちゃだめ?」
「厳戒態勢になるだろうから無理だ」
 どんな来賓だよ。
「見ないでいい」
 気になった。気になって仕方がない。
 ベータとはその日、その後言葉を交わすことなく時を過ごした。
 というか、ベータがバタつきすぎていた。何があるんだコレは。
 ガタタタン、ガタタタン
 馬車が轍を作って走ってくる音がする。
「来た。おい。部屋に戻れ!」
 のろのろしていると、
「早く!」
 階段を駆け上がって、ドアを閉めるところまでベータが見届けているのを閉めるドアの隙間から確認したフォニー。
 そんなに? なの?
 頑張ったらドアを閉めていても、音は聞こえないだろうか。
 ドアに耳をピタッとつけると、階下の足音とわずかな声色だけは聞こえてくる。
 だって結構な人数のようだから。
 それに、変な気配。フォニーには気配の元が魔法使いだと分かっていた。
 ベータほどの実力者は全く分からないレベルで隠し通せるのだが、そこそこレベルなら丸わかり。
 たぶんフォニーと似たり寄ったりだろう。
 ガタタンッ
 椅子が倒れるような音がし、すぐに
「へいか!」
「お怪我は!」
「よい!」
 三つの言葉がそれぞれから聞こえてきた。最初の『へいか!』はベータの声だ。
—————へいか?