ベータのアイウェアが金属製のもの一択に戻るのにはさらに二週間かかった。
聞いたら、『魔法陣と魔力を何十回も定着させていかないといけない』のだそうで、その間ベータは眼鏡につきっきり。
だが、合間合間に会う時の挙動不信感・目の合わせなさ加減はあまり変わらず。
その話をするときも、ベータはフォニーの顔を見なかった。
—————だからってどうってことない、ないわよ。
言い聞かせて話しかけていた時、バササッと大きな羽音が店の前から聞こえてきた。
顔を上げたのはベータ。そのまま店のドアを開けると、
「よう」
「お久しぶりです」
スミスだった。そのままベータが招き入れるがまま店内・屋内へ。
フォニーは完全に無視されている。
「ちょっとあんたらアタシは?」
ベータはすたすた歩きながら、
「後でな」
「へぇ。そういうこと?」
スミスの声色がなんだかニヤニヤしているといか、浮ついてるというか。
「そーいうんじゃ…」
と食って掛かりかけたところで、もう二人はテーブル脇で話し合いを開始していた。
「マンドラゴラ八〇だったら何とかなった」
「しかし、それでは一本ではすまない。来年以降の分は」
「ああ。だから今年は断腸の思いで人間界にも併せて打診している。ありったけだと」
ベータが唇をかみしめた。
「それで伝令か」
「伝令? なにかあったのか?」
「ああ、そこのフォニーが留守番しているときに国の伝令が来たと」
「ああ、あのチンクシャが」
「ああん!?」
スミスはフォニーの悪態を無視して、
「何でお前がアレを飼っているかは後にしよう。当日普段は魔界だけで何とかなっていたのだがな。
今年は天界と人間界も全面協力しての」
どっかで聞いた話になってきたぞ、オイ。
「やはりそうなるか」
「そうせざるを得ない。そうしてでも開催しないとまずいだろう」
「そうだな…」
ため息をついている。
部屋に引っ込む気など元からなかったフォニーだったが、ここにきて無視され続けている現状に、
「も―そろそろさあ、アタシに話教えてくれたっていいでしょ」
ベータとスミスはフォニーのほうを向いて、顔を見合わせた。
前にスミスとマルタンがやっていた挙動不審な阿吽の呼吸ではなく、スミスが単独で、
「コイツ、避難させないのか?」
—————避難??
ベータは黙っている。
「させないで大丈夫だと思っている」
「なら、本人に教えておかないと。万が一の時に危険になる。なにせ張本人だろう」
ベータは吐息を吐き出しながら、
「…そうだな」
—————そうなの!??
あのマンドラゴラ一〇〇、瓶一つでそんなに危ないの?
「あなたが帰ってからしておく。話が長くなるから」
スミスは目を一度伏せて、
「わかった。説明と説得の過程でコイツがビビるようならもうとっとと逃がしてしまえ。
下手打つより野垂れ死に承知で人間界に放逐のほうがまだ活路がある」
「ああ。わかっている」
フォニーは今更ながらあの瓶と、それが割れた瞬間を思い出していた。
—————アタシ、そんな大それた何かしでかしたの?
たかが瓶じゃないか。マンドラゴラ八〇? 代替品まであるような代物なら、ここかでとやかく言われるって?
「日取りは?」
「二か月後なら何とか、と」
「人間界も?」
「ああ。間に合わせるということだった。しんどいかもしれないが、関係者全員に魔法をかけておいてくれ。百人程度だ」
「わけはない。魔法がかからない体質のものは絶対除外が条件だ」
「すでに天界から話を付けてある」
「助かった」
フォニーはとても初歩的なことにとても感動していた。
—————ベータ、マトモな大人の話し合い、できんじゃん。
言葉など通じない系だと思っていたが、説明も説得も出来ているような。
確かにクレアに出資して孤児院経営などできているのだから当たり前なのだが、こうも全うに話し合いしているシーンに初めて遭遇したフォニーには刺さるものがあった。
それは大人になった子どもの成長をみるような…。
「お前、不謹慎なこと考えてるだろう」
「え? そんなんじゃないわよ」
しみじみと感じ入っていただけだが、スミスの一声で遮断された。
ベータはやや不服そうな顔になっているものの、話を続けた。
「魔界はどうだ」
「前にここにきてマルタンと話をした後は、そのマンドラゴラ八〇のこと以外で連絡を取っていない。もうそろそろここに来てもいいころ合いの気がするが」
「耳に入っているのかもしれない」
「かもな」
「…それはそれで喜びそうな気もするが」
スミスがにやりとする。
喜ぶのはマルタン? ではないと思う。前回あの様子だったし。
「準備が整いつつあるのはわかった。二か月後に店の中に危険物が残らないように亜空間に仕舞い切ること以外で、こちらでできることはあるか?」
「コイツへの説明と措置、あとは人間界・魔界との調整だけだ。しかしこのやりとりも面倒だな」
「致し方ない。人間界の伝手をどうにかしようとしたときに魔法でつないだら足がつく。それを消すのが俺だと…もしかするとばれる。他の人間を利用して巻き込むのは危険だし」
「そうだよなぁ。わかってて言ってみたものの、その通りだとなんだかなぁ」
スミスはため息をついた。
「じゃ、ニアミスの危険回避のためにとっとと帰る」
「わかりました」
淡々とやりとりだけ済ませてとっとと帰っていく。
フォニーだけの時はあんなにぐちゃぐちゃ言いよどんでいたというのに。
当事者ではないから当たり前ではあるのだが、こっちが助けてやったのにあんなに高圧的だったあの時の態度を思い出すと癪に触って仕方ない。
だから送り出してすぐ、
「で? 話してくれんでしょ?」
「後で」
「いつ」
「夕食の後だ」
「ほんとに?」
目も合わせずに言葉だけ投げつける態度はいけ好かない。
夜に話すといったそれが嘘だったら今度こそ。
そう思ってその日が過ぎていき、夕方になり。
夕食の食卓に、コップ一杯の水と栄養ドリンク。
静かにベータの食事を終え、フォニーも飲み終わり、空になった食器をかたずけ終わって。
「じゃ、いい?」
ベータは黙って定位置に腰かけ、
「そっちに座れ」
普段座っている斜め前の席ではなく、真正面の席を指定したベータ。
金属製のアイウェアの精緻な線がきらりと一瞬きらめき、久方ぶりにフォニーをまっすぐにとらえていた。
しばらくフォニーを凝視した後、ベータの口から飛び出した。
「俺の父親は魔王だ」