シーン…
「え、ちょっと、急に黙らないでよ」
マンドラゴラ一〇〇の名前を出した瞬間これだ。
二人とも、今しがた見覚えのある表情でちらっちらっとお互いに目配せ。
「…酒だ」
「あ…ああ、そうだな」
天使じじいの慎重な発言に魔族じじいがセーフという顔で頷いている。
「そう…って、納得すると思う? 何よ酒って」
天使じじいを睨むと、
「その先は黙秘権を行使する」
「認めないし、べっっっつにあたし、そっちの親玉の神サマとやらと違って裁こうとしたりしてないわ」
「神に対してその言い様はなんだ!」
天使じじいも一応天使の端くれ、神の悪口はキレポイントだったか。だが、
「魔族にそれ言ったところで一ミリも響かないから」
天使じじいが忌々しい顔をすると、魔族じじいがニヤついた。その魔族じじいに、
「で、何なの? マンドラゴラ一〇〇」
「言えない」
「はぁ~? 結局何? だんまり? あんたらさぁ。助けてやっといてそりゃないでしょ」
「助けてくれなんて頼んでないからな」
「ああ」
二人ともぶん殴りたいが、フォニーとて体力は残っていない。握りしめた拳はそのまま机の上に鎮座した。一応、一つだけわかったことはあるし。
「実在はするのね」
二人の様子はそのまま。魔族じじいがゆっくりと頷いた。
「巷では色々言われてるじゃない。最高の秘薬だとか。見たって人に会ったことないから、ベータがでっち上げてんのかと思ったわ」
二人ともだんまりだが、表情は冷静。
「何なの?」
今度こそ、二人ともそのまま何も言わなくなった。
「世界平和?」
何も言わない。
フォニーはもう諦めることにした。
「わかった。もういい。で、今日あんたらがここに来た目的は?」
天使じじいは、
「マンドラゴラ一〇〇のことについて、ベータと状況確認したかった」
「天使が?」
魔族じじいが、
「ああ。『天使も』、だ」
目的は二人とも同じということか。
「ベータが今日はいないということなら…」
「ああ、また日を改めて」
急に事務的に、そそくさと二人して話を終わらせにかかっているのがありありと伝わってくる。
たぶん一週間ぐらいすると帰ってくるはずだと伝えると、
「では、我々が来たことを御伝えして頂きたい」
魔族じじいに、フォニーは思い切り突っかかった。
「どうやって? え?」
「あ」
魔族じじいは素っ頓狂な顔をしている。
「アタシ、あんたらの名前知らないからさぁ。
天使のじじいと魔族のじじいがいきなり玄関先でケンカして、勝手に店の前の風景変わるレベルで荒らしまくった挙句瀕死になって、助けてやったのに名乗りもせずに礼もせずに頼み事だけして帰っていきやがったわぁ~って、御伝えしておくわね? それでいいわね? エッ?」
魔族じじいは天使じじいに耳打ちしだした。
聞こえていないつもりなのだろう。が、二人ともやはり年寄り。多少聴力が衰えているようだ。
フォニーには、ガッツリ聞こえていた。
「記憶、消しておくか?」
「いや、ベータ様はこの女に誰かが何かしたとわかるぞ。
それによく見ろ。ベータ様の術がかかっている。何かしたら跳ね返るかもしれん」
「信用するしかないっていうのは性に合わんな」
「ワシもだが、あの方が飼っているわけだし、害をすると後々ワシらが」
「そうか。その心配もあるのか。本当に面倒…」
—————『飼っている』。『面倒』。へぇ~…。
フォニーは机を目いっぱい叩いた。
「で! 結論は!!」
『聞こえてんだけど』を言わないでおいてやった懐の深さに感謝して貰いたい気持ちと、机を思い切り叩いたことで手が痛いのを、二人への視線に思いっっ切り込めたフォニー。
天使じじいが、
「スミスだ。スミスと名乗る天使が来たと」
「で、ではワシはマルタン。マンドラゴラ一〇〇の話だと伝えてくれ」
絶対に偽名だと思われる名乗りぶりと二人の風貌をフォニーはその目に焼き付け、ムカつく気持ちも同時に記憶に焼き付けた。
二人はじっとフォニーのほうを見ている。
「わかった」
フォニーが諦めたのが伝わったとたん、わかりやすく表情が明るくなる二人。
「では、これで」
「いや、待て。可能なら、店の前での件は…」
「それはだめよ。だって栄養ドリンク使ってるもん。残りの本数、辻褄合わないから。言わないわけには」
くっ、と声を詰まらせる魔族じじいマルタン。天使じじいスミスのほうは諦めが早いようで冷静。
結局そのままガタガタと本当に速やかに席を立ち、店の入り口からスミスは外へ、マルタンもそれに続いた。
『ではこれで』『では』と呟き、それぞれよくわからない入り口を自分で開いていなくなった。
辺りは二人が来る前と全く変わらない。
日が暮れそうになっていること以外は。
—————活動出来そうな時間の大半をクソじじいどもの相手に費やしちまった…。
じじいども以上に弱っていたというのに、何故あんなに虚勢を張ってこの家の主ぶったのか。
気を張っていて忘れていた瞼の熱さが戻ってきた。
ドスドスと音がしそうなほど重たい脚を引きずり、店のドアに鍵をかけ、栄養ドリンクの瓶を一つ飲み干し。
二階に上がるや、瞼に軟膏を塗って、目をつぶって横たわった。
—————『ベータ様』、か…。
ベータのことをマルタンはそう呼んでいた。じゃあ、実は凄く上級の魔族の血縁者だったりするのかも。
どこで生まれたのか謎だが、上級魔族の血縁者の人間で、凄く魔力が強く、海賊船に乗っていたのに孤児院の院長兼薬屋の主になって、天使と魔族の偉い人も一目置いていて、世界の平和に絡む秘密を共有している。
—————どんなだ、そいつ。
生まれた時から穏やかな人生を送れないことが決まっているような。
フォニーだったらそんなの、チートかもしれないが御免こうむりたいシチュ。
ベータは思っていたよりも頑張っているのかもしれない。
元から持っていたものがあるが、この軟膏の知識は誰かに仕込まれたか自分出覚えたか、いずれにせよ努力したのだろう。
胡坐をかこうと思えば、何もしないで駄々をこねていてもいい状況のような気がする。
人格的に全うとは言い難い部分や世間ずれし過ぎているところはあるものの、あの程度で済んでいるのは状況を考えると奇跡的なのでは。
スミスとマルタン。そう名乗った二人のことを、店主ベータ帰宅後、言伝するのだが。
床下収納のことも聞かないと。
乾燥した茎とかも。
—————意外と収穫あったのかも。
体力使った挙句、収穫がなかったら落胆だが、それなりにほじれる情報はあったような。
クレアはどこまで知っているのか、いや、喋っていいものか。
ここに来る可能性はないので、どれを試すのもベータが帰ってからになってしまうのが悔やまれる。
男の精力を思いっきり吸えたらすぐに治るだろう瞼の熱さもこんな状態じゃしばらくかかりそう。
療養するため、この後のことを明日から整理するため、両方の意味で、フォニーはだいぶ早い眠りについた。