ドラッグストアへようこそ 20

 結論、ベータの栄養ドリンクは効いた。
 人間向けのやつは天使が普通に動けるレベルで、魔族向けのやつは魔族がむしろ元気になるレベルで。
「で、お前、だれ?」
「ここで何をしている?」
 椅子に腰かけた天使と悪魔は今、さっきまで瀕死でフォニーに薬を飲ませてもらっていなければ今頃死体になっていたことなんてどこ吹く風でフォニーに詰問していた。
 あの場で栄養ドリンクを渡した後、しばらくで立ち上がれる程度に元気になった二人。
 タオルを渡して顔を拭くころにはピンピンしだし、『ベータのやつは?』『あの方はどちらに?』とか言いながら、フォニーの静止を振り切って勝手知ったる様子で店の奥のダイニングに上がり込んだのだった。
 で、もっと元気になった今、コレだ。だから、
「勝手にケンカして負傷して瀕死になっといて、それを直してやったうえに今こーやって水まで出してやってる相手にさ、失礼とかさ、思わんわけ? おたくら」
「思わんな」
「ああ、思わん…コイツと意見が合うのは不服極まりないが」
 目も合わせようとせずにお互いの罵声をぽろぽろ零して火種を拡散する。じじい二人が他所のお宅の食卓でバチバチってどうよ。
「もうさっきさんざんやったでしょ、それ」
「お前が何者か名乗らないからだ」
「そうだ」
「違うでしょ。あんたらが勝手に自分らでやってんでしょ」
 ぴしゃりとたたきつけたフォニーを二人はジッと見て、腕組みしている。
 お互い犬猿の仲なのに仕草がほぼ一致するのは実のところ似た者同士なのかもしれない。
 このまま膠着状態なのは問題なのと、この二人が本気だしたらフォニーが締め上げられるのは間違いないので、
「フォニーよ」
 ここにいる事情をひとしきり話すと、
「あの方らしい。しかしまた面倒な生き物を拾ったものだ」
「お前が例の件の犯人か。留守番できる利口なので助かったんじゃないか?」
 『お前が』という下りはもしかしてマンドラゴラ一〇〇絡みなのかも知れないが、ムカつくのが先立ったので、
「事情知った途端に上から目線なの、いかがなものかしら?」
 魔族のじじい——もう呼び名はじじいで決定。いいだろ、二人とも——は鼻で笑った。
「お前ごときが何を言うか」
 確かにそうで、魔族の中でも重役のこのじじいの手にかかればフォニーなどひとひねりだろうが、
「じゃ、あんた誰?」
「見たことはないのか? この制服を。私は…」
 言いかけたところで、隣の天使のじじいが魔族のじじいの肩を押さえた。
 二人の視線がガッチリと絡み合い、魔族のじじいは首をひねって唇をかみしめる。そして、
「な、名乗るほどの者ではない…」
「あ、ああ…」
「その名乗り方して様になんのは人助けしたヒーローだけよ」
 少なくとも出会いがしらで嫌いなやつと大ゲンカしたいい年の人間同士が、第三者に事情を説明するときのセリフではない。
「ベータもそーだけど、常識ってもんはないの?」
「惚れ薬で魔力を何とかしようとした弱小魔族のくせにそぉいうところは押してくるなぁ、あ?」
 天使のほうが魔族よりもガラが悪く感じるのはフォニーの気のせいだろうか。
「貴様、あの方になんて口の利き方を…あの方はなぁ! ま…ぐぅっ」
 天使じじいは魔族じじいの肩を思い切り握りしめた。
 魔族じじいは天使じじいを睨みつけるが、さっきよりもさらに苦しそうな顔でだまった。
「きこえな~い!」
 わざとらしく耳に手を当てるフォニー。
 天使じじいはため息をついたものの、改まって、
「俺たちは名乗れない。ベータの素性も言えない」
「それは何故?」
「世界平和のためと、ベータ自身が望まないだろうから」
「せかいへいわぁ??」
 素っ頓狂な声を上げるフォニーをよそに、魔族じじいは、
「そうだな。あの方は絶対に望まない」
 大まじめだ。どうしよ。
「十年ほど前にここに戻ってくださったが、それまでは追跡困難な状態だった。
 ここでそれを我々が漏らしたなどとあったらもう二度と戻ってくださるまい。
 まったく…こんなことになったのも貴様ら天界の誰ぞがポロリと口を開いてしまったからだろうが」
「事故だ、あれは。
 それに魔族からは本人の魔法や制御で隠されてベータの追跡が難しくなっても、天界からなら条件がそろえば居場所を特定できたんだ」
「できるはずだった、だろう! 実際には神の力でもできなかったじゃないか? ああ?」
「まさかの事態だった。前代未聞だったんだ! 覚えているだろう、お前も!
 魔法が通じない人間や魔力がない人間はごくまれにいることはわかっていた。
 まさか…まさか神の力も通じずその分け前も持たず、本当に単純な生身の肉体のくせに、そいつのそばにいるだけで魔界だけでなく天界からも追跡すら出来なくなる、そのうえとんでもなく腕が立つ怪物が人間界に誕生しているなどと!」
 苦々しい天使じじいの顔に、怒りと苦々しさが同居した絶妙な渋い顔になった魔族じじい。
「…あの時が初めてだったな。人間界のたかだか一人の海賊を、人間だけでなく天界・魔界も協力体制を組んで追い詰めたのは」
「戦もあった。混乱し、情報は錯綜していた。だからやれたこともある。
 力を持たないとわかっている人間が数と頭で詰め寄っていくことでしか、あのチャランポランの行先捕捉は難しかったろうし。
 天界や魔界が人間界に関与していることを知られないようにするためにこの件に関して王族達に一代限りで後世に伝えないよう密約を交わし、術をかけることができたのは幸運ではあったが」
「そうだな。
 海賊船に乗っていた者たちが、皆謀反など起こしそうもないとわかった事も良かった。
 魔王の首も神の首も、人の首と等しく剣の一振りで打ち取れる人間など…」
「ああ。その死が確認できたことも含め、ゼタ・ゼルダについては遍く全てにおいて『よかった探し』をするしかない」
 フォニーは思ったことを口にした。
「あの、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、コップの水を片手に他人の家でするにゃ物々し過ぎんじゃない?」
 ドン引きだ。
 隣の国でそんな名前の海賊が海を荒らしまわっていたとは聞いていたが、話の筋から察するにベータはその乗組員だったようだ。
 魔族じじいは喋り過ぎた顔をしている。
 正直なところフォニーには話が壮大すぎ、想像が付かなくなっていた。
 代わりに想像が容易につく、日頃のベータの様子を思い浮かべ、おもわず呟いた。
「…あいつ人と一緒に旅なんてする協調性あんの?」
「どうやらな、あるらしいぞ」
 答えた天使じじいも、黙っている魔族じじいも、ともに腑に落ちきっていない表情。
 二人ともベータのことをよくよく知っているらしい。魔族じじいは、
「だから余計に大事件だったのだ」
「敬ってる割にはナチュラルに酷いのね」
 天使じじいはフォニーに同意し、ニヤつきながら頷いている。
 ベータという奇人を通じて三人の間に妙な親近感が沸いてきたところで、フォニーは絶対聞かなければならないことを思い出した。
「マンドラゴラ一〇〇、ってさ」
 フォニーが呟いた途端、天使・魔族の両じじいはピタリと動きを止めた。
「なんなの? あれ」