ドラッグストアへようこそ 13

「じゃあ、これで」
「ありがとう。子どもの相手してくれてる間に用事済ませられて助かったわ」
 勉強を教えるのは無理——魔族の勉強は『人間の捕らえ方・調理の仕方』とかだった——なのだが、雑用でも片付くと違うらしかった。
 ベータがまとめた荷物を魔法で作った亜空間に入れ込むと、箒を取り出した。
「ところでフォニーちゃんは今日どうやってきたの?」
「箒の後ろに乗って」
「え!?」
「え?」
 クレアはすっとんきょうな顔でベータを凝視している。
「あの…?」
「え、ああ、いいのよ。なんでもないの」
「なんかあるんですか?」
 クレアの目は泳いでいる。
「…いえ、大丈夫。何でもないし、何もないわ」
 落ち着いた様子を装って頷いているだけなのが丸わかり。だが今日よくしてもらった手前、問い詰めるような真似はすまい。
 軽く会釈をして、そのままベータのほうに駆け寄ると、気が早い様子で少し上昇し始めていた。
 ジャンプしても飛びつけないので、翼を広げて飛び上がり、強引に箒の後ろに跨り。
 ベータにしがみついて翼を仕舞うやいなや、斜め上に向けて急上昇。家路。
 行きと同じ景色を逆から見る。もう頭を覆い隠すのも面倒だが、翼は強風にあたると痛いので当然しまい込んだ。
 外仕事中に汗を拭いたままのベータのローブは汗臭い。いつものような熟成しきったギリ我慢できるレベルのあれよりはマイルドだが、匂いと疲労のおかげで行きほど楽しい気分になれないでいた。
 『わかってくれるから』というクレアの助言を何度も思い出し、
—————臭いから洗濯してくれって言ってみよう。
 落ちていく夕日。昨日まではこれがフォニーの仕事始まりの合図だったのだが、今日は仕事終わりだ。
 夜型生活から昼型生活になってしまってもフォニーの体は問題ないのだろうか。
 こんな日が出ているところでガンガン活動したことはなかったので、明日の体調が不安。
 ぶっ倒れたら嫌だし、なんともないのも、それはそれで嫌だ。だってサキュバスじゃないみたいだから。
 箒は速度を下げ、先日は自分で羽ばたいて帰ってきた薬屋の屋根が見える。
 薬屋の正面入り口が見えるところまで来て、高度を落とし始めた、その時。
—————人?
 正面入り口に人がいる。緑か黒かよくわからない色の服を着ているのと、なぜかフォニーにうすぼんやり見覚えがある色味のような気がするのと。
 急に魔法使いは箒をUターンさせ、裏庭のほうに着陸した。
「あのさ、なんで…」
 理由を聞きながら箒から降り始めたフォニーだったが、ベータはフォニーが片足を箒から降ろし切る前に箒を抜き、フォニーは片足をひっかけてバランスを崩した。
「ちょっと! やめてよ急に!」
 フォニーのほうを振り向きもせずに足早に家に入っていくベータ。
 バタンと戸が締まる音が聞こえたが、フォニーだってそこから家の中に入る必要があるのだ。
 ツタツタ戸の近くまで来ると、今度はいきなり中から戸が開いた。
「ほんとやめてよ、何なの?」
「二階に上がっていろ」
 命令口調がむかついたので、
「やだ」
 なんとでもできるだけの力のあるベータに、なんとなく反抗してみると、ベータは強硬手段を取った。
 フォニーの体が浮き、
「ちょ、ちょっと!」
 そのまま屋内の階段の、その先の、フォニーの部屋へ。
「えええ??」
 ベータは後ろから等速度で駆け上がり、フォニーを部屋のベッドに落ちたポスンという音を目の前で聞いた直後、
「こういうことだ」
 言い残してベータはドアを閉めた。
 タタタっと階段を駆け下りる音だけが響き、そのままベータはおそらく、あの入り口の人影ノところに行ったのだろう。
—————お客さん? にしては慌て方が変。
 魔族を隠していないフォニーを部屋に放り込んだのは正しい判断だとしても、だ。
 あまり今日は使わなかった翼の上の方の爪などについた埃を布でぬぐいながら、違和感の正体を突き止めようと考えを巡らせてみることにする。
—————人影の、あの服、どこで見たん………!
 フォニーはすぐに思い出した。見慣れていたからだった。
—————魔界だ!!
 間違いない。魔界の式典か何かの中継映像で毎回映っている門番か衛兵みたいな人。
 あの服は制服のようなものだった気がする。
 たまたま似ているだけだろうか?
 本物の魔族で、あの衛兵だったとしても、
—————ベータ、人間よな。
 ろくでもない人格だが、人間であるのに違いはない。
 魔族と付き合いのある人間などいるか?
 魔族と人間の子どもはたまにいる。だが残念なことに魔族と寿命が違いすぎるので、魔族と人間とで付き合いが長くなることはまずない。
 一度会ってそんな関係になった後、魔族側がついちょっと二~三十年時間が空いてしまい、久しぶりに来たらもう代替わりしていたり。
 ろくでなし率は人間よりも魔族のほうが圧倒的に多いので、自分で産んでおいて父親に子どもを押し付けて行方知れずのサキュバスの話も何個か聞いた——というか育てているという話を聞いたことがない——。
 儀式で呼び出した魔族であれば、自分で全部制御できるからあんなに慌てることはないだろうから、 やはり普通に他人で関係性が何かしらあるということ。
 魔界の衛兵はフォニーよりも断然エリートコースで、魔力も強いし容赦もない。
 人間五十VS衛兵一でもフツーに衛兵が勝つ。だから、今あの玄関先で戦闘など起こっていたら、今のフォニーの寝床は吹き飛んでいる可能性がある。
 こうして考えを巡らせることができている、イコール、戦闘ではなく話し合いをしていると推察でき。
 ますます謎だ。
 魔法使いの名前がベータであるとわかったところで、新たな謎。
 あの衛兵の服が、たまたま人間界にも同じような服の仕事があるっていうのも考えられるけど。
—————こっそりのぞきに行ってもいいんじゃね??
 フォニーは草むしり士の仕事で疲れ切った体に鞭を打って跳ね起き、ドアノブを回してみた。
—————開いてるじゃん!!
 ドアをそっと開けると、階下の声が丸聞こえだ。
 なるほど、ベータは音が漏れないようにはしたものの、ドアを閉め切る術を掛けるのを忘れたらしい。
 そういうところは抜け目なさそうなタイプと思っていたので意外だが、おかげで情報収集がはかどりそうだ。
「すまん」
 ベータの声。
「ありったけの、ですね…」
「それしか方法がない。なくなってしまったから」
「魔界に限らず働きかけてみます」
「そこまで…」
「しておいた方が」
「…そうだな。こちらでもやれることや、まがい物になるかもしれないが作れるものは作っておく」
「大丈夫ですか?」
「やってみるしかなかろう」
「では」
「頼んだ」
 静かな会話が終わり、魔界からの使者は立ち去ったようだった。