ドラッグストアへようこそ 12

「ふぉにーちゃん!」
「おねーちゃん!」
「おばちゃん!」
—————ノープランで何とかなるもんね。
 人間ぶる気力が先ほどの会話で失せてしまったコスプレおねーさんフォニーは、魔族全開で鬼ごっこ中。
 孤児院の前庭で子どもは怯むことなく絡みついたり距離を取ったりしている。
 精力が感じられない生き物に絡みつかれてもなんの得もない。その辺の犬猫や魔界で近所にいた子供と同じ感じだ。
 というか、ここで飼っているのだろう犬も絡みついてくるし猫は屋根の上から観察している。
 なんにせよ、子どもが好きなわけでも何でもないが、比較的扱いやす…
「いたたた!! しっぽはだめ!!」
「ほんとに生えてる」
「すっげ」
 こぉーいうのが大人になったときに思い出になるのだろうか。
 魔族のおねーさんのしっぽを引っ張ったらほんとに生えてたっていう。でもこの経験、何の役に立つんだろう。お互いに。
 ベータはといえば建物の外の柵のところを延々と直していっている。
 魔法とは何ら関係のない体力仕事を無心にこなしているが、魔法で何か呼び出してちゃっと片付けてしまった方がいいのではないか?
 あの腕なら、召喚したり変換したり、やりたい放題のはずなのに、なぜか自分で動き回って綺麗だったローブを引きずってどんどん汚くしている。
—————最初から脱いどけばいいのに。
 日に当たると死んじゃう?
 一部の魔族は日にあたるのを極端に嫌う。力が削がれたり、伏せったりしてしまうらしい。種族も関係なくそういう体質のものがいる。幸いにしてフォニーはそうではないが。
 人間にもそういうのがいるのかもしれない。
 ガンガンガン
 クレアが鍋を思い切りお玉で叩いている。
「今日なに?」
「ふかし芋よー」
「またかぁ」
「そ。またよ」
 おやつの定番らしい。この前のあの愛人のいる金持ちの家にはクッキーやらビスケットやら色々あったが、ここでは節約? 備蓄?
 もやもやと考えを巡らせる間、子どもたちが一斉におやつタイムに突入したらしい。一斉に建物に駆け込んでいく。
 と、ベータが柵を乗り越えてフォニーのところにスタスタと歩いてきた。
「ナニ?」
 無言でローブの脇の袋の、どう考えても底よりも奥にある亜空間まで手を突っ込んで、ぬっと抜き出したるは水の瓶。
 そのままフォニーに差し出す。
「あんがと」
 気が利くじゃないか。
 受け取った瓶の栓を歯で抜いて——魔族の歯は人間のとは違って頑丈にできている——飲み下しながら横目でベータを見ると、フォニーが水を飲み干すのをジッと観察している。
「なによ」
「歯が丈夫なのだな」
「そーよ」
「見せてもらえるか?」
「何を?」
「歯だ」
「イーっ!」
 歯を見せる、『まあ見せてはやるが接近はしねぇぞ』と誓って後ずさりながら。
 フォニーのほうにそのまま寄ってくるかと思っていたベータは、しゃがみこんでみたり背伸びしてみたりしていたが、すぐに仁王立ちになってそのまま動かなくなった。
 おやつタイムの様子を、庭と孤児院の間の窓から覗く。
 楽しそうだ。フォニーが入る隙間はない。
 というか割って入ったらごちゃごちゃ盛り上がり、フォニーも食べないといけなくなって面倒くさいだろう。
 広い庭の微妙に真ん中から外れたところにぽつんと仁王立ちしたままの魔法使いは、微動だにせずフォニーのほうを向いている。
 フォニーは自ら後ずさったのになんだかいたたまれなくなり、距離を元に戻した。
—————だって水飲み終わった後の瓶、どうしていいのかわかんないし。
 その通りなのか言い訳なのかわからない言葉を心中で呟いて、ベータのほうに寄っていくと、今度はベータがたじろいでいる。
「ほんとさぁ、何したいのよあんた」
 軟禁している相手が近寄ったら避けるのか。じゃあ家に帰してくれよ。
「うん」
—————うーーーーーん!!! なんの相槌???
 もうしょーがないなぁと腹をくくり、
「この後あたしは?」
「いや、おやつ後は勉強の時間だから草むしりでも」
「ここにきてもあたしは草むしり士なのね」
 士業と言っていいだろうか?
「フォニーさーん、いいですかぁ?」
 ベータを一瞥してから、クレアに呼ばれるがまま孤児院内に。
 任された台所の鍋や皿を洗ってほしいとのことで、クレアと二人して台所にたつ。
「フォニーさん、大丈夫?」
「あんまり…」
「あの人、色んなもの拾ってきては自分の家で飼うのが趣味みたいな人なのよ。前もね、」
 飼うという単語がちょっと聞き捨てならないが、フォニーには情報が欲しい。
「犬猫ならまだしも、スライム拾ってきてあの薬屋の庭で育てててね。
 飼いきれなくなってご友人に譲ったりして」
 フォニーの勘だが、先ほどまとわりついてきた犬と観察してきていた猫はその副産物で、『ご友人』はベータに金を出している友達と同じ人のような気がする。魔物はフツウ拾わないが。
「弱ってるの見ると特にダメみたいなのよ。
 逃げたらひとりで生きていけないんじゃないかと思ってるみたいで、絶対に結界貼ったりして逃げられないようにするし。
 今まではまだ飼ってるっていう感じだったんだけど、あなたは違うから…今朝も面食らってしまったの」
「それなすぎ…」
 クレアの心中が察せられた。
「これまで『元気になるのに何が効果をもたらすかわからない』とか言いながら、療養と実験の間みたいなこといっぱいしてたから」
「現在進行形でされてます」
「やっぱり」
 拭き終わった皿を棚にかたずけ終わったクレアはそのままうなだれ、申し訳なさそうに、
「私にはあの変人をどうしようもないけど、子どもたちにはノータッチだし、誰かが熱出したりしたら飛んできてくれるし」
 聞けば呼出用にお守りのようなものをクレアに持たせているらしく、押すと本当に箒で飛んで来てくれるらしいのだ。
「悪い人じゃないから、とだけ…。
 あなたに命の危険がないとは言えないけど、嫌なことは嫌って言えば、わかってはくれるから」
「クレアさんもそんな目にあったんですか?」
 クレアはうなだれたまま無言。
—————うおぉぉ…
 嫌って言えばわかってくれるのだって、『前のあのクレアの勢いで』という前置きがある。
 クレアは子どもたちに勉強を教えに台所を離れ、フォニーもそれに伴って庭に戻ってみると、ベータは柵の修理に精を出していた。
 フォニーは草むしりする気になれず、ベータに近づいた。
「なんでいちいち手でやってんのよ」
 ベータは汗をローブでぬぐった。
「教育上良くない」
「何が?」
「魔法が使える子どもと、そうでない子どもがいる。差が出てしまう。人がやってできるやり方を教えないといけないから」
 どこからこの常識を…そうか、クレアか。
「そう…ね…」 
『わかってくれるから』。
 思い出し、クレアがコイツを調教してきたその想いを胸に、フォニーは勇気を出して切り出した。
「じゃ、汗はローブじゃなくて、タオルとか布持ってきて拭きな。不潔な行動が子どもに伝わっちゃうよ」
 ベータは思いのほかすんなりと、例によっていちいちハッとして、そうだな! と勢いよく返事した。