「はいー!」
パタパタ以上ドシドシ以下の重たげな足音とともに、声がドアに近づいてきた。
開いたそこに現れたのは、ふくよかな妙齢の女性。
「あらあらあら」
しばらくしげしげと魔法使いとフォニーを見つめ、にっこりすると、
「じゃ、こっちね」
魔法使いは無言のまま玄関の中へ。フォニーは挨拶もなしでいいのか不安になりながら、そのまま後に続いた。
部屋は清潔で、その辺の学校のようだ。
学校の夜の警備員から精力をイタダいたことを思い出したが、やらし~いことを考えるやつが居そうな籠った空気はこの建物には漂っていない。
子どもの声はそこここにあり、下手な学校よりよほど健全に見えた。
通された先は応接間だと思うが、手作り品や子どもの作品が棚に並び、家庭的な空間になっており
魔界だとここに人間のパーツとかが並んで子どもの作品として披露されるので、そういったものがない当たり、人間界らしい仕上がりである。
フォニーがキョロキョロと部屋を見回す一方、魔法使いは勝手知ったる感じで荷物を下ろしている。
「うわぁ゛あああん!!!」
どこからともなく盛大な泣き声。
「ああー…、ちょっとまってね」
女性はこれを魔法使いとフォニーに言ったのか、無意識に泣き声の主に言ったのか。
そのままどこかに消えた。
取り残された魔法使いとフォニーだが、魔法使いは何も言わずに荷物の中身を仕分けしだしている。
「あのさ、なにここ?」
「孤児院だ」
「そ、そぉ…」
魔法使いの手元は止まらない。
「で、あたしは?」
なんで孤児院に連れてこられたのか? プラプラしてりゃいいならそうする。無目的とヒマは嫌いだった。
「仕分けが終わった後の荷物運び兼子どもの相手要員だ」
なるほどようやく合点がいった。
「労働力提供したうえで魔族の恰好したお姉さんがごっこ遊びしてくれるよっていう子供向けのイベントを開催するわけね」
「そうだ」
だからコスプレと。
納得いくような、なんというか。
「…説明足りてねーからさ、ほんと」
ため息とともに小声でちょろりと吐き出すと、
「どのあたりがだ?」
聞こえていたらしい。
「色々」
「それじゃわからん」
「ア゛ー…いい、もういいから、そのままで」
説明も面倒になったフォニーの方を見つめる魔法使いのアイウェアの目は、ジッとしばらく動かなかった。その間無言が続いたが、
「そうか」
ピタリと機械仕掛けのように切り替わり、また手作業に戻っていった。
—————あの女の人に期待するしかないねこりゃ。
泣き声は止んでいる。
人間とこういう形でマトモにコミュニケーションを図る必要が生きているうちに来るとは。
戦うか搾取するか逃げるか。それ以外の接点を人間と持つ日が来るとは。
再びあの足音がこちらに聞こえてくる。
「ごめんなさいね、お待たせして」
女性は完全にフォニーに向けて言葉を発していた。そして少し待って、魔法使いに、
「この方のご紹介、お願いできます?」
ちょっと言い方が怖いぞ。魔法使いが怯まず、
「今日の手伝い要員だ」
「お名前は?」
「名? お前、名をなんという」
「フォニーです」
フォニーもそういえば魔法使いの名前を知らないな、と思いながら、自分の名前を口にすると、女性は、
「あのね、ベータさん」
穏やか、だが怖い。絶対怒ってるでしょ、コレ…。
魔族でさえわかる人間の怒りに、流石の魔法使い…改めベータも『あ、しまった』と全身をこわばらせていた。
「この方、この耳! 同居人じゃなくて同居魔族でしょ!!!!!!!!!!!!」
—————あ、やば!! あたしが頭にかぶってきた布、外れてる!!
かぶってきた布が頭から落ち、結び目で首にかかっていること、フォニーは全く気が付きもしていなかった。
それよりも、魔法使いさん、全然コスプレ説通じてないじゃないかよぉぅ…。
「同居してるのに名前も知らないというのは頭がおかしい人がやることですよ? 自己紹介ぐらいしているものでしょう? 『人手がいるだろう、子どもの相手もできるだろう』とのたまいましたね?? それ、昨日の午前中でしたね??? 何度も言いますよ、昨日の! 午前中! まだ1日ちょっとですね、ええ。で、まあそうかもね、やれますよ、やることは。多分この方でもね。でも、ね、それね、違いますよねぇ? 魔族を呼ぶとは聞いていませんよ。ええ。確かにここの子どもたち気にしませんし私も気にしませんよ。魔族でも別に。でもね説明の仕方というものがありますよねぇ? コスプレ…ねぇ? ちーがーうーでーしょーおおおぉーおーー!!」
女性は言いながら体ごとグイグイとイラついた顔を魔法使いベータの顔面に寄せて行った。
フォニーが魔族でも気にしない…『ソコ気にしないでいいんだぁ!?』という衝撃、他の押しっぷり含め、パンチが効いている。
胸倉をつかまんばかりの勢い、というより、セリフだけ聞いていればもうすぐ顔を引っ叩きかねない感じに聞こえるのだが。
女性のパワフルさと所在のなさで、タジタジしながら女性と魔法使いベータの間で目を往復させるフォニー。一方の魔法使いベータは、
「そうか…」
いつもはパリリとハリのある『そうか!』が、尻すぼみにしなしなと萎れ、今にも枯れそうだ。
凄いぞ、おねいさん。ここまでやれば、わかってもらえるのか。
テクニックの一つを目の前で学習させてもらえ、一方的にフォニーはこの女性に好感を持った。
「で、フォニーさん」
「はい」
ピシッと背筋を伸ばしたフォニー。
女性はふにゃりと丸顔を笑顔に和らげ、
「お茶でもいかが? このドアホ野郎をネタに」
「は、はいっ!」
魔法使いベータはその間、ずっとうつむいたままだった。
「ベータさん、テーブルの上のもの、横に避けて」
「わかった」
─────うぉおぅ、二つ返事ぃ…。
ベータはフォニーへの態度と比べてびっくりするほど従順に、先ほどまでの仕分け以上に手際よくテーブルの上に広げた荷物を脇に避けている。
女性がいなくなったあと、
「あたし、やることある?」
顔だけフォニーにまっすぐになり、
「ない。いい」
言葉もまっすぐだ。
来る前に言ってたのはこれかと合点しながら、フォニーは今だ名前もわからないお姉さんの持ってくるお茶を待つことにした。