ドラッグストアへようこそ 9

 魔法使いが起きる前に朝帰りして、寝て起きる。
 いつも通り階下は静かだが、一つ違うところがあった。
「何その荷物?」
 店が台所まで浸食しだしたのかと思うくらい散らかっている。
 鞄と風呂敷的な布はある。出かけるのか?
 大方、魔法で亜空間を作って収納するのだろうが、それでも色々整頓は必要だ。これでどうやって何とかする気なのか。
 荷物の中身もおかしい。
 塩や砂糖や調味料と、薬草類、本、食器もある。ただ、長旅をするにしてはメインとなる食料品や着替えはない。でも、フォニーに渡したのと似たような服も混ざっていた。
 そしてもっと大きな『変』がある。
—————オイオイオイなにがあったんだオイ!
 魔法使いが全体的に清潔。
 いつも黒っぽいローブだが、いつもより綺麗に黒に近い。埃・草・よくわからない汁・カピカピの何かといったものは一切なく、外に出て街にいても問題ない。
 代わりにいつものローブは広がったお店の片隅に、ぐちゃぐちゃに丸めて置かれていた。
 油や埃やその他の何かでいつもは毛束感があった髪は、フツーに無精してぼさぼさぐらいの感じ。
 清潔感下の下→中の下への大幅レベルアップに、フォニーは震えた。
 衝撃に突き動かされるように、魔法使いの横らへんに飛んで、無遠慮に匂いをかぐ。
「臭くない!」
 魔法使いは手元を止めて、フォニーの顔を見た。
「出かけるからな」
「そりゃ、鞄見たらわかるけど、どこに?」
「来たらわかる」
 ちょっと待て。
「あたし、行くことになってんの?」
「無論だ」
 ええー。
「そのための服だろう」
「え? いや、服ってもっとさ、こう…衛生とかさ、気分とか、TPOとかさ、色々あるじゃんよ」
「だからじゃないか」
 魔法使いは自分の着ているローブをしげしげと眺めた。
「人と会うから服を変えたのだ」
 フォニーは速攻でキレた。
「じゃ一周間ここに滞在してるアタシ何なの!?」
 魔法使いは考えて、小首をかしげた。そしてついに思い至ったというように、
「そうか!」
「そーでしょ!!」
「以後そうする」
「できんの? それ」
「やってみる」
 なんなんだこのやりとり。
 脇に置かれたクソ不味い栄養ドリンクと水を飲み干しながら、もたもたと進む荷物整理に嫌気がさしそうだ。
 飛べる利点を生かして荷物の上を横切り、台所のシンクで瓶とコップをすすいだ後、草むしりに行こうとすると、
「服、汚れるだろう。今日はいい」
 フォニーは怖くなった。
「何なの? 今日の行き先そんな服装うるさいの?」
「…それなりに」
 もごもごと歯切れが悪い。
 それにフォニーの場合、魔族であることを隠すにはしっぽと耳を隠す必要がある。今日は長めのスカートなのでしっぽはOKだが、耳はどうしようか。
「耳やらなにやらはそのままでいい」
「なんで??」
「コスプレと言っておいてある」
「え、むしろヤだソレ」
 この魔法使いのアイウェアとおそろいになってしまうではないか。フォニーのは趣味ではなく生まれつきだ。しかも、
「そんなんでセーフなの? ばれないで済むもんなの??」
「為せば成るものだ」
—————そんな大志あるレイヤー宣言するよか、フツーに布とかで隠してーわ。
「もう相手には伝えてあるわけだし、納得している。問題ない」
「ええええええ…」
 どんよりした気持ち。
 ただ、目的地に興味はあった。
 ここにきて2週間目に突入したが、店には客足が全くない。店と看板を掲げていいようには到底思えず、意を決して入店したフォニーが馬鹿みたいだ。実際に馬鹿も見ているし。
 魔法使いが出かける様子は少なくともフォニーが起きている間は全く見受けられず、何かあるなら午前中。
 比較的物音で起きるタイプのフォニーが、客の声に気づかないはずもない。魔法使いが出かけている可能性はあるものの、ここには誰も来ていないということ。
 そんな魔法使いが、着替えて出かける。魔法使い的には、一大イベントと言って差し支えないだろう。
 荷物はほぼ片付き、案の定亜空間にしまい込まれ、いつもの台所の様相に戻ったところで、戸締りをし出した魔法使い。
 フォニーは手ぶらでついていくが、魔法使いは途中、そこそこの大きさの手荷物と思しき袋とともに物置のなかから箒を取り出した。
 さくっとまたがっている。
「あたしは?」
「着いてこい。飛べるだろ」
「いや、真昼間だから。完全に魔族じゃん、あたし。街の入り口とかの警備している奴らとか、そーいうのに見つかったら、即撃ち落されちゃうって」
 なんだかんだ、魔族は悪者であって。
 自分の頭を指さすフォニーに、魔法使いは口をへの字に曲げて、空間の中から布を取り出した。
「頭隠しておけ」
 最初からそうさせてほしかった。
「で?」
「後ろにまたがれ」
 言われるがまま、魔法使いの箒の後ろにまたがる。
「どこ摑まるの?」
 魔法使いはしばらく思案すると、
「ローブにでも摑まっておけばいい」
 言うやいなや箒は上昇し始めた。
 いざとなったら飛べるフォニーだが、ローブがゆったりしすぎ、摑まったにもかかわらず後ろにぐらついた。
 咄嗟に魔法使いの胴体にしがみつく。
 無臭(ヨカツタ)・無反応なのは夢の中と同じだが、温かい。
 自分で羽ばたかずに空を飛ぶという初めての経験にフォニーは、何もせずに人にしがみついているだけで地面を遠く眼下に見下ろすことができる不思議に浸った。
 横に一回り、縦はもっと体格の大きい魔法使いの胴体に遮られ、風圧もあまり来ない。常時首を横に向ける必要があるところだけ不便ではあるが、自分で飛ぶより楽だ。
「どこまでいくの?」
 大きい声でフォニーは魔法使いに聞いてみた。
「街の反対側だ」
 フォニーが昨日行ったあの家・この家・その屋敷が足元で粒に見え、そのまま通り過ぎる。
 さらに向こうに行ったところに、屋敷とまでは言えないが、大きな家が見えてきた。
 家と同じか一回り広い区画が庭として囲われていて、その中に何人か人が見える。小さい。子どものようだ。
 徐々に箒が高度を変え、減速しだした。
 家の入り口の目の前に降り立つと、魔法使いは箒を降りた。やはりここが目的地か。
 箒を降りたフォニーには、しがみついた体温がなくなって涼しくなった目の前に、家の玄関がドーンと訪れたことで、移動したのに全く疲れていない感動が緊張と入れ替わった。
 なにせ魔族。でも魔法使いの行動を観察したい。どのみち拒否権はないのだから、殺されるかもしれないからと言って駄々をこねてもどうしようもない。
 魔法使いはフォニーの前から、そのまま玄関に進み、そのドアをノックした。