ドラッグストアへようこそ 5

 ふらふらと自分に与えられた部屋に戻り、どうせ眠れないベッドに横たわり。
 耐えられなくなって、壁を抜けて、抜けて、抜けて、草むしりしていた庭に出ると、月明かりに照らされて魔法使いが捨てたゴミが輝いている。
 昼間にフォニーが吸った魔力が夜の光で復活…するわけもない。
 庭に横たわり、ぐったりしたフォニーは、朝日が昇るしばらく前に部屋に帰り着き。
 次に目が覚めたのは昨日薬屋の入り口をくぐった時刻と変わらないころ合いだった。
 階下に降りると、魔法使いがなにかせっせと準備している。
 しかしテーブルにはコップに入った水だけ。
「おはよ」
 フォニーの声に振り返った魔法使いは、
「水ならそこだ」
「見りゃわかるって」
「そうか」
 飲み干すと、手持無沙汰。
「で? あたしはまた草むしり?」
 棘のある言い方をすると、
「ん」
 生返事である。早くも実験動物サキュバスに飽きたのか。
 魔法使いは手元でなにか草やら実やらを分別している。
「それ、何?」
 魔法使いはシッシッとフォニーを振り払う仕草で、
「作業中だ。早く行け」
「あーはいはいぃ~! わかりましたー! オシゴトすりゃいいんでしょー!」
 昨日から倦怠感は全く取れない。むしろ悪化する一方だ。
 それを抑えながら、裏庭へのドアを自ら開け。
 今だ減る由のない裏庭の草をむしりむしりむしりし。
 体は何とか動かせるものの、今日一日過ぎたら、明日はベッドから起き上がれないかもしれない。
 草をむしる手がどんどん無心になっていく。考えたくないからだ。
 そうして草が昨日よりも早く、一回り大きな山になり、昨日声を掛けられた頃合いには倍近くなるところで、フォニーは命からがら二度目の夜を迎えた。

********************

「栄養ドリンク?」
「そうだ。飲め」
 目の前には小瓶。色が茶色なので中身はよくわからない。
「もしかして、朝から作ってたの、コレ?」
「そうだ」
 魔法使いはさらにずいっと小瓶をフォニーの前に差し出した。
 なんでそんなもの作ろうと思ったのかイミフ。有難いんだけど、
「あのね、精力とか魔力じゃないと意味ないよ」
 草で足りるならこんなに困っていない。
「過去に試したことがあるのか?」
「ないわよ」
「じゃ、わからんだろう」
 『自身満々』というより『好奇心を満たせそうで嬉しい、ワクワクする』、そういう風だ。
「あたし、実験動物と違うよ」
 蚊の鳴くような声を出すと、
「もちろん知っている。サキュバスだろう?」
 『好奇心を満たせそうで嬉しい、ワクワクする』、そういう風だ、などと今さっき思ったが、言い換えよう。またコイツはそういう風だ。
 目が金属のゴーグルで隠れているのに、隠しきれないウキウキ。
 反論しようとフォニーが口を開きかけた時、
「惚れ薬に頼ろうとするほど切羽詰まっているのに、これを試さない理由もなかろう」
「試すよりも前にっ! 家の外に出してよっ! もしかしたら…もしかするじゃん…」
 男漁りに成功する可能性があるではないか。残りの時間に賭けてはいけないのか。しかし実績ベースで説得力を持たないフォニーの言は自然、尻すぼみになる。
 ただでさえ語気を荒げることすら辛い体に対する魔法使いはしたり顔かつ明解。
「マンドラゴラ一〇〇」
—————絶ぇっっっ対引かないやつだコレ。
 やけくそだ。きりりと立ち上がり、仁王立ちして片手を手を腰に当て。
「あーもー! 飲みゃーいいんでしょ、飲みゃー!」
 グイっと小瓶の中身を飲み干す。絶対不味いでしょ、と思い、息を止めて飲んだのだが、飲み終えて大きく息を吸い、
「臭っさぁあああああああああああああああああああああーーーーーーー!」
 さっきまではもうだせないと思っていた、街まで聞こえてしまいそうなぐらいの大声がフォニーの体全体から響き渡るようだった。
 薬臭さと生臭さをベースフレーバーに、足臭さと汗臭さが混ざり、後味残る最強のフォーメーション。
 これなら今朝の草とか種の状態のまま、一つずつ食べてった方が良かったのでは? どーして混ぜてしまったのか。
「やはりそうか。サキュバスに食欲はさほど無くても、味覚はあるのだな!」
 頭がおかしい魔法使いに構っている余裕などフォニーにはなく、
「みずみずみずミズっっっ…」
 騒ぐその目の前に、魔法使いは水の入ったコップを既に用意していた。
 フォニーは奪うように手に取ったそれで、口の中に残った臭みを流し込む。
 顔を上げた魔法使いが満足げになっていることに、フォニーは怒りより疲れを感じた。
「うぇ…」
 何とか見ず三杯目でおおむね口の中の残りカスを流しきって、じっとりと魔法使いを睨みつけると、相手はそんなフォニーを洞察するようにほぅっとうなって様子を伺っている。
「疲れた」
 呟くと魔法使いはジッっと空を見つめ、思案し、頷き、ゆっくりと席を立ってこちらに近づいてきた。ああ、これって。
—————めっちゃ何考えてるかわかるんだけど。体力的とか、そおーいう疲れじゃないんだけど。
 薬が効かなかったのか? と思っているのだろう。
 フォニーには効いているのかよくわからないが、調子悪くなっていないから少なくとも今は無害としか言い様がない。
—————このままここで閉じ込められたまま、死んでくのかな、あたし…。
 魔法使いはしげしげ眺めまわすかと思いきや、しゃがんでフォニーの顔を静かに見つめ、席に戻った。
「わかった。あと二日待て」
「そ。何か知らんけどよろしく」
 投げやりな気持ちで、その日部屋に戻った。

********************

 初めの予定だった二日どころか、毎日あの臭い薬を飲まされ四日が経過。まだフォニーは死んでいなかった。
 あんなに酷い味だったのに慣れたのかなんなのか、フォニーはもはや無感覚になっていた。
 一方、魔法使いがやっている店には客足もなく、ずっと二人。
 ずっと。
 草むしり飽きた、服変えたい、シャワー浴びたいせめて川でもいいから、あんな薬もう嫌だしこんなとこももういやだ、そう思いはじめたその日。
 草むしりに出るフォニーの後ろを、魔法使いがついてきた。
 もうやんなったな…という気持ちは変わらないものの、何が入っているのかわからないあの臭い臭いクサイ薬が効いているということで。
 認めるのが悔しくて、死にきれないのも悔しくてみじめで、でも半べそなんてかくものかと、ここ二日は魔法使いと口もきいていない。
 庭は八割がた草むしりを終えていた。
 三日目にさぼったのだが、『さぼったな』と一言された。怖かった。
 だからむしるだけむしろうと思った。自分の弱さにやっぱり泣きそうだった。
 庭に出て、残りのところの手前らへんにしゃがみこんだところで、
「もう少し脇まで避けてくれ」
 魔法使いを睨みつけて横に除けると、魔法使いは真ん中のあたりに魔法陣の掛かれた布を広げた。
「ここに」
 何の魔法陣なのか、フォニーには全く分からない。
 転移魔法やら召喚やらならわかるのだが、真ん中に大きな陣があり、周りをぐるりと取り囲むように小さな陣が描かれている。
 何かわからず怖くてすくんでいたが、魔法使いがジッとこちらを見ている。
 拒否権がない。が、
「何かわかんないから嫌」
 フォニーはやけっぱちだったが、それでも嫌なものは嫌だった。
 魔法使いは淡々と、
「追跡・転移の術を掛ける。ここから一日で戻れない範囲から出たら強制的にここに戻ってくる。
 その範囲内なら外出はできるようになる」
「なにそれ! マジで!」