領主館へようこそ エピローグ2(どこかのおはなしのプロローグ)

「ようこそエトワへ!
 はじめまして!
 僕がエトワ領主のジョット・コーウィッヂ、44歳デェーッス☆」
 畑道のど真ん中で仁王立ちして目の脇にピースサインを作って決めているどう見ても十代半ばの少年を目の前に、ジョージはこう思った。
─────まじパネェのきた。
 もしかして一発芸ってやつか。
 領主なのに兼業?
 ほんとうに大きな都市圏にはそういう芸をするピン芸人と呼ばれる職業の人が来るらしいが、行商すらまばらなド田舎出身でそのままフツーの街で働き詰めだったジョージはもちろん見たこともない。
 もしかしてこれを毎回披露されて、『超おもしれぇっす!!!』って言う奴しか採用されないとか?
 いやいや、そんな就労条件なかったから。
 でも、ジョージとしては必要ならばそれでも全然問題なかった。
 大事なのはそんなちっちゃいところじゃなくて、就職先だ。
 『ふるさと』というエモい路線以外にポジティブな呼称が一つもつけられないクソ田舎では働き口などなく。
 戦だなんだという話がずいぶん前にあって、都市圏でさえ仕事は増えてきたばかり。
 ジョージのように「そもそも割と貧しい家柄・仕事がアホみたいに少ない地域在住」
→「両親は運よく近くの街にでてたけど若者向けの仕事は皆無(求人枠全部秒で埋まってもう、ね)。だから遠くの街に出るしかない」
→「奉公先の娘から言い寄られ逆夜這いかつ貞操の危機(俺が刈り取られる側…彼女はそういう趣味だった。俺違うから。雇い主の娘だし君のこと全くタイプじゃないしそもそもそーいうのないから、ね。ね!)」
→「なのに俺からの夜這い未遂事件ってことになって追い出される(権力者の言いがかりやめて~!)」
→「憤る暇は元々なかったけど手持ちももう少しでなくなる絶賛ソロ活動中の18歳」
 なんて状況ではおいそれと仕事が見つからない。
 なにせ推薦状書いてくれるはずの人からは『嫁入り前の娘に手を出そうとした前科者』として、近隣の街でふれこみを出されている。
 とにかく、大変な状況なのだ。
 他にもいろいろすったもんだした後、母の弟の妻の息子の友人の父親の二つ隣の家に住んでる人のうんぬんかんぬんちんぷんかんぷん…までたどってようやく見つけたこの仕事。
 『召使いだった人と結婚して今度お子さん生まれるんで、その労働力補填ってことだって。他に女の人いないし、その点はほんと安心だよ~』の前置きがあった後、お給料は普通だけど身元保証不要・推薦状不要・制服支給・住み込み三食付き。
 『玉の輿おめでとう! お幸せに!!』と、祝福&求人案件を見つけた喜びで食い気味に飛びついた。
 同時に、俺が前科者っちゅうデマの事実確認経路については、疑問を押し流した ——『事前に領主さんに伝えてあるよ。領地にある村の村長さん経由で色々裏どりしたらしくてOK出たから』って? 名前と歳と出身地ぐらいしかここまでの伝手の人たちに話してないけど…???——。
 そして残ったわずかな資金を交通に使い、何とかここまで自力でやってきた。
 だからジョージの気持ちとしては…以下略。
 本採用試験があるのだと聞いている。
 だから…今やれることは。
 姿勢をただし、咄嗟に芸に爆笑して差し上げられなかった非を礼節でもって逆転だ。
 瞬きもせずに領主と名乗った少年をきりりと見返し、
「コーウィッヂ様、はじめまして。
 私、ジョージといいます。
 シッリヤ氏から紹介していただきました。
 どうぞ、よろしくお願いします」
 すかさずその場に膝をついて頭を垂れた。
 ジョージははちきれんばかりの勤労意欲を抱えているが、伝わっていないのだろう──黙って念じているだけだからそりゃそうだ──回答がない。
 故郷で嗅ぎ慣れた馬糞の匂い。だからジョージは微動だにしなかった。
 でも、そんなに長い間思い出の香りに浸る必要はなかった。
「ッ本採用ぅ!!!!」
 顔を上げると、後光が指した領主のシルエット。
「本採用決定。おめでとう」
「は、はあ」
「じゃ、まず乗って。詳しいことはそれからだから」
 促されるままに未だかつて乗車などしたことのない人用の高級馬車に乗り込んだ。
 社内で『うちの奥さんが来た時と同じ反応で、ほんと懐かしかったわ~』とのお言葉を頂き。
 『根性ある嫁さんなんだろうな、やっぱ領主の嫁さんパネェ。でもそんな人を嫁さんにするこんな子供みたいなナリの領主さんもパネェ』と驚きながら、領主の美少年然とした姿を見ながら。
 逆に、そんなこの人の用心棒にでもなりそうな鋼メンタルな嫁さんしか女性がいないってことは。
─────実はハイリスク案件?
 『あの紹介人のおっさんに騙された疑い』が、遠~くのほうで、農夫が農夫を呼ぶ声とともにジョージの脳内にぼや~っと響く。
 こうして就職初日がスタートしたが、『順調な滑り出し』なのか『序盤から大荒れ』なのか、ジョージにはいかんせん判断がつかなかった。