なんだかんだで心配なのだろう。コビ・シロヒゲ・みどりちゃんに、
「お前達、おとなしく暮らせよ」
3人の元気なジャンプ。
元気にやれるだろうがおとなしくするのは無理だと悟ったらしいため息だ。
実はジョットは──本人に伝えたことはないが──こう思っていた。
あれだけ注意されても注意されても聞かなかったベータとともに少なからず暮らしていたのだから、ベータに似たんじゃないのか、と。
「滞在中ありがとう」
「…よかったな」
「うん、ほんとね」
「がんばれ」
「何もないよ」
─────何かあることを想像しそうになるじゃないか。
締め付けられるような痛み。
「っクッ…」
─────読んだな、ふざけるな。
「喉に口増設計画、今実行して欲しい?」
「いや、遠慮しておく。
ユンさん、今後ともジョットのところにいてやってください」
余計なことを。
「は、はいっ」
ユンは多少慌てた声音で一層深く頭を垂れた。
雇われている人間にはそれ以外できない。
「あー、もう早く行けよ!!
待ってるんだろ!? 同居人の子!」
「ああ…そうだな、そうする」
ひっかきまわしやがってと毒づくと、なぜか急にベータが慌てだした。
「…で、でででは、失礼するっ!」
ユンは頭を下げっぱなし。
今ベータが慌てたのが、ジョットが考えていたことを読んだからではないとしたら。
挙動不審におかしな歩幅で歩き出した背中に軽い殺意を向けたが、遠ざかっていく姿にその瞬間だけ言葉はジョットの心のあるがままになった。
「元気で!」
十分に屋敷から離れたところで、玄関の扉を閉め、鍵をかけ、
「…お疲れ様でしたぁ~!」
言い放った瞬間から、つい、ちょっと、どうしても、ユンを問いただしたい。
どうしてもにじみ出てしまっていたようだ。
コーウィッヂを見つめるユンが、いつもより緊張した面持ちになっている。
「ジー」
あっち行けよと身振りをすると、
─────『マジで? お前…』
─────『うるさい』
聞く耳を持たなさそうなジョットに驚きながらも、ジーは言われるがまま立ち去った。
帰りがけのベータの慌てぶり。
もうジョットは抑えられなかった。
「ユンさん、ちょっとだけ、いい?」
頑張って取りつくろ…えていないようだ。
ユンは萎縮していた。
表情はいつも通り冷静だけれど体が完全に固まっている。
かわいいな、と思ったジョットは加虐心でいっぱいになった。
「あのね、正直に答えてほしいんだ」
いつも通りの冷静な顔の、鼻の頭がちょっとだけ汗ばんでいる。
こんな風にさせているのが自分であることに、少しの申し訳なさと、いっぱいの喜び。
ジョットは手を伸ばしてユンの鼻先の汗を少しだけぬぐった。
ピクリと震えたユンは、そのままジョットの目を見つめている。
瞳の中に自分の姿だけが映っていることにジョットはほくそ笑んだ。
でもまだ満足にはほど遠い。
だから、
「この前小屋でお茶した時と、今さっきベータに挨拶した時、何考えてたの?」
ユンは明らかに迷っていた。
─────雇い主は僕なのに。
─────僕のほうがずっと付き合い長いのに。
五十歩百歩であっても、五十歩違う。
だからジョットのほうがずっとよくわかっているはずだ。
「口外無用でお願いします」
ユンが意を決したことに胸をなでおろす。
が、ジョットはこの時、待ち受ける衝撃の質を完全に読み違えていた。
ユンの口が開き、そして、
「お茶をしていた時に、『過度なスキンシップはやはりセクハラだ』と、おっしゃっていましたよね?」
「うん」
「なので、ああそうか、 スキンシップを図ってべたべたしたいんだなぁ、とぼんやり考えていたところ、その…」
「うん?」
「急にあのような…なので、多分、つまり…その同居人の方のこと、ベータさんは…」
ユンがしどろもどろ。
流石にジョットにも意図するところが分かりだす。
「先ほどは、ベータさんが心が読める方だというのはもう重々承知しておりましたので、『がんばってください』と」
その一言で、ベータは挙動不審になった、ということだ。
つまりユンの勘は図星。
ジョットは一気に晴れやかになった。
そして同時に、耐え難い衝動が突き上げる。
我慢はしなかった。
「あ~~~ッはははッあはははハハハハハハ~~~~~~~~!!!!!」
─────要するに! 最初からアイツ!
あんなに同居人とか目のやつとかに触れるたびに凹んだり黙りこくったりしていたのは。
同居までしているのに触ることすらできていない好きな人を危ない目に合わせたこと、それを気にしまくっているからだった、と。
ジョットの腹筋は崩壊寸前だった。
─────『何々? 何事?』
ジーの呟きに返事をするのも忘れて笑いこける。
「いやぁ~ユンさん、ありがとう!! 超面白いわwwwww」
すっきりした。
親身な顔して人の相談に乗っていながら、ベータ自身がそんなことになっていようとは。
ベータは元々プライドが高いし、興味だって経験値だって微塵もなかった。
アレにそんな感情あったんだレベルの革命的出来事。
他人に知られるなんてもってのほかだと思ったのだろう。
それで事ある毎に黙りこくっていたのだ。
ユンという赤の他人にちょっとつつかれただけであんな…あんな…面白すぎる…!
─────今度来たら日が暮れるまでイジり倒してやろう。
練りに練ったプランで。
想像を膨らませながらシャツの首元のボタンを外して息を吸うと、ますます自分の屋敷の空気がおいしい。
「よかった、ほんと、よかったよ!!」
嬉しさがあふれると、ユンの傍に行きたくなってくる。
申し訳なさそうにするユンの肩を軽く叩くと、やはり細い女の人の肩だった。
その触れた先から、安堵と喜びがどこか物悲しい衝動にとって代わっていく。
シャツで擦れた自分の首筋を揉みながら階段を上ると、ジョットにその正体が少しずつ見えてきた。
少年の首。
それと釣り合わない、自然にそこだけ大人になっていった手。
ユンの肩。
ジョットはユンの隣にいる自分を客観視していた。
─────釣り合わない…。
あんなにさっき嬉しかったから余計に今、絶対に出ることがない涙というものが出そうな衝動に駆られた。
ジョットはそれを階下に置き去れないかと急ぎ書斎に戻って筆を執った。