領主館へようこそ 56

 メイちゃんの気が済むまで相手をしていたら、屋敷の玄関前にリアが歩いていっている姿が見えた。
「こんにちは~仕立て屋で~す」
「リア!」
 玄関まで走る。
「あら、コーウィッヂ様、いらしたんですね」
「できたってことでいい?」
「試着してこの場で手直しするんで」
「わー楽しみ」
 『絶対チャイナドレス風で、ズボンで、色はこんな感じで…』と、事前に注文を付けるときにちょっとリアが引いていたのを思い出さないようにしながら、玄関の鍵を開けると、
「男子禁制ですから」
 ほほ笑見ながらリアはドアを開いた。
 その向こうには声に気づいてやってきたユン。
「ユンさん、お待ちかねの制服、だって!」
─────『待ちかねてたのはお前だろ』
─────『否定しないけど…ジーもだろ』
 枝剪定は済んだらしく、道具を片付けにいていたジーはニヤニヤしている。
─────『当たり前。完全肯定に決まってるだろ。俺はお前と違ってムッツリじゃないから』
 採寸に使った部屋に案内した後、ドアを閉めた。
 深呼吸すると、
─────めっちゃドキドキする。
 あの部屋の中でキャッキャウフフしていることを想像するとおかしな気分。
 戻ってきたジーはそんなジョットの表情を読んだようだった。
 つぶやいては来ないものの、ますますニヤついているのでちょっとムカつく。
 しばらくなんとなく気もそぞろで、その辺をうろうろするが、歩けど歩けど時間が経たない。
「待つと長いね」
 待たせている二人は二階。
 ジョットは落ち着けるために、ジーにあえて声を出して話した。
 ジーは持ち前の態度のでかさで上からジョットの頭をぐりぐりと抑えつけた。
 顔は見えないが、きっとさらなるニヤニヤ顔になっているんだろう。
─────『落ち着けって』
 ジョットがなんとなく癪になってその場にしゃがみこむと、隣からくつくつと腹を抱えている息遣いが聞こえた。
 階段からのささやかな足音も。
 ジーがとっとと階段の下にスタンバイするのを追って、ジョットも足早になる。
 階段のド真ん前に立ちはだかって。
 踊り場にゆっくりと、あらわれたるは赤毛の女性のシルエット。
 こちらを向いて階段を降りだしたとき、ジョットの頭の中が真っ白になっていった。
─────こんな綺麗な人だっけ。
 想像していたのと全然違う。
 もっとマネキンみたいな、服に着られている姿を想像していたのに。
 ジョットは踊り場の手前からカーブを曲がって正面を向き、階段を下ってくるユンの姿に頭の中のすべてを焼き切られたような感覚に陥った。
 ユンのこれまで見られなかったからだのライン。
 二の腕からやや厚みのあるカーブを描いている。
 そこから続く腰回りの見事なS字。
 思いのほか豊かな胸周り。
 顔の色まで前よりずっと鮮やかになったようだった。
 茶色の瞳がこちらを見透かすようで、ヌーディな唇がいまにも何だか…。
 つい顔を伏せた。
 一瞬だけ、何も着ていないところを想像してしまったからだった。
─────ちゃんと感想言わなくちゃ。
 面を上げると、ユンはもう目の前。
 一番の笑顔を作って、ばれていやしないかハラハラしながら、
「やっぱ僕の見立ては正解だね!
 絶対チャイナがいいと思ってたんだよ!」
「あの、ズボン、いいんでしょうか」
「いいよ良い! 似合ってるよ!」
 ジョットは自分が今どこに向かって走っているのかさっぱり分からなくなっていた。
「いえ、そうじゃなくて…」
「だってユンさん姿勢いいし、スタイルも良し&程よい肉付きで、だったら上半身のラインが出る奴のほうがいいよね。スカートもいいけど、そうすると動きにくい・仕事しにくい・お尻らへんにかけてのラインが見えなくて残念、もう絶対路線はこっちって思ったわけよ。ひらっふわっとしたスカートもいいけどさ、それはそれ、これはこれだよね。色も髪が赤いから黒が映える。膝下は色を明るくしておいたほうが上半身締まって見えて腰から下の感じが僕的に超グっとくる。膝なんかにつきがちな埃なんかの白っぽい汚れが目立ちにくくて、全体通して召使い的って要素も備えてるし、ユンさんの肌色にもなじむ。ね! 思うでしょ?」
 ジーのほうを向くと、いい笑顔 で両手の親指を立てている。
─────『お前ってこうなるタイプなのな』
─────『え?』
「男子、セクハラ発言混ざってるから」
 自分が何を口走ったのか全く覚えていないジョットは、今もあまりよくわかっていなかった。
「リア、ありがとう。
 流石の腕前だよ。ぴったりじゃん。
 この型のドレスって動きやすさをキープしたままサイズ感保つのが本当に難しいから作れる仕立て屋さん限られるんだけど、ここまでの仕上がりになるんだったらやっぱこれだよね~」
「ほめときゃいいってもんじゃないんだから」
 ジーがリアの頭を撫でまわすと、
「ちょっと、やめてよ。髪結び直さないといけないじゃない!」
 ユン自身はというと、
「もったいないくらいです。ありがとうございます、こんな高価そうな…」
「いやいや、大した金額じゃないよ。
 これでモチベーションを上げてもらいたい!」
 だいぶ目が制服のユンを見慣れてきたジョットは、さっきより自分の言っていることを理解できていた。
「ユンさん、嫌だったら言いなよ。
 ほんと、気を付けて。
 でも、ジー、あんた相変わらずさぁ…」
 ジーが人差し指を口元に当てて、シーっと音を立てて、リアがさらに突っかかる。
 ユンは事情を知らない。
 今知っておいた方がいいだろうと思ったジョット。
 そっとユンの傍によって、耳元で、口で、呟いた。
「元カレ・元カノの関係。原因はジーの浮気」
─────『いうなよ!』
─────『やだ』
 聞こえていたらしいジーがこちらを振り向くと同時にリアも振り向く。
 息ぴったりだ。
 だからこそ、合わなかったのかもしれないとジョットは思った。
 わかり過ぎるのは辛くなる。
 ジョットがジーとの関係を顧みて思っていることだった。