領主館へようこそ 55

 ユン着任から2週間目にしてジョットは安堵しきっていた。
 みどりちゃんの紹介も成功裏に終わるばかりか、ユンの提案で雨の日のみどりちゃんは各段に元気になった。
「今後も気づいたことがあったらどんどん言ってね。
 もう骨身にしみてると思うけど、本当に人手不足だから!」
「ありがとうございます。
 こちらこそ、いろいろやれるようになりたいので、よろしくお願いします」
「豊穣祭まではまだ2か月あるけど、そろそろ準備は本格化してくるからね。
 ここにも人の出入りが激しくなるから、よろしく頼むよ。
 村のみんなには話してあるから」
 と言っても、昔ジョットが女装してコンテストに出た時を除けば大きな問題は起きていない。
 年イチのこれを乗り切れれば、もうユンはここに定着したも同然。
 ガンガンガン
「だんなぁ~!! 今いるっすか~!!」
 丁度いいところ。
 ユンに紹介すべき人が向こうからやってきてくれたようだ。
「ちょっとまって~!!
 ユンさん、ついてきて。あれ村長なんだ」
 思うや否や階段を駆け下りる。
「いらっしゃい」
「うっす。
 そちらのお嬢さんが新しい方で?」
「そう。ユンさん。
 ユンさん、こちら村長のトレビスさん」
「は、はじ、め、ゼェ…まして…ハァ」
「ごめん飛ばしすぎた」
 トレビスから加減すべきと小言されるが、二人が挨拶するさまを見て当初の目的が達せられたことを確認したジョットは、反省よりもうまくいった喜びが勝った。
 ほんの数分だったが。
「ところでその、豊穣祭なんすけどね」
「…なんか問題起こってる?」
 トレビスの口調がだいぶ悪いことを告げている。
「…どーも今年、街かどっかから、国の役人の視察がくるって話があるらしいんすよ」
─────『まずいぞジー、豊穣祭に中央が来るかもって』
 ジョットの表情が瞬時に堅くなったのに気づいたらしいユンは、ジョットの視界の端で不安げになっている。
「…そっすよねー…」
 トレビスは屋敷内を見渡している。
 コビが掃除をする音が聞こえたが、ジョットの意識は別のところにあった。
─────『どういうのが来るかにもよるだろ』
─────『リスクはリスクだ』
─────『…まあ、そだな。気にしとくに越したことない』
 コビやシロヒゲやみどりちゃんはまだいい。
 問題はジョットとジー、それ以上に小屋だ。
 どれか一つが明るみになれば一蓮托生ですべてが明るみに出てしまう。
 だが、ユンはおろかトレビスにすら、それはばれてはいけない話だった。
「部屋に籠ってもらって何とかなるかなぁ…」
 とりあえずトレビスの視線の先にあったのだろうリスク、コビ・シロヒゲ・みどりちゃんのことを口に出しておく。
「「う~ん…」」
 まあ、そうなるだろう。
 しかもコビとシロヒゲは既に脱走した前科がある。
 トレビスはもちろん知らないが、至極良い読みを出してきた。
「1日くらいならイケそうっすけど、それ以上だと3人とも騒ぎだすんじゃねぇかって…」
「だよねぇ…。程度の差はあれみんな真面目っていうか…んー…でもねぇ、見つかると」
 うなずくトレビス。
「ちょっと考えてみる」
「あざっす。じゃ、また」
 その去り行く背中を見ながら思わずため息が出る。
「策、あるんですか?」
「友達に相談してみる」
「もしかして、その、魔法使いの、ですか?」
 頷いたが、ユンの不安な表情は戻らない。
 みどりちゃん生誕秘話も含めたこれまでの経緯は、ユンがベータを怪しい人物視しても全く不思議ないものだから当然。
 そんなユンに仕事を申し付け、自室に戻って手紙を書く。
 返事は数日で届いた。
─────『すく向かうってことだから』
─────『準備しとく』
─────『3人のことだけどさ、』
─────『うん』
─────『別館つくろう』
─────『あー…前言ってたやつな』
─────『そう。費用的には問題ないから』
─────『突貫工事に乗ってくれる昔馴染みがいてよかったな』
─────『ほんとにね』
 『海賊』をやっていたころの伝手だった。
 事情を聴かずに仕事をしてもらえる程度には胴元に恩を売っている。
 蛇の道は蛇ということ。
 外に出て一部の草刈りをしていたユン──メイちゃんの食べ残しの始末である──に一通り話をする。
 淡々と話を聞いて、頷いてくれることが有難かった。
 作業自体はもう終わっているらしいことが分かったので、
「僕がもってっとくよ」
 手を差し出す。
 いいのかな、というように一瞬呆けたが、
「ありがとうございます」
 鎌をジョットに手渡そうと、ユンは手を伸ばした。
 が、ユンの後ろをメイちゃんがユンに向かって突進してきている。
 ユンはメイちゃんの足音に気づいて振り返った。
「危ないよ」
 ジョットのほうに差し出されたユンの腕をひっぱって自身の後ろに下がらせる。
─────やっぱり女の子だから腕細いなぁ。
 ジョットの体はあの頃から変わっていないが、手だけは大人になったから余計にそう思う。
「コーウィッヂ様!」
 メイちゃんの頭突きを『力』を使って受け止めて頭をなでると、メイちゃんは満足気になった。
「大丈夫。全然慣れてるから。ね、メイちゃんv」
「いぇ…」
 ユンはだいぶびっくりしたようだ。
 刃物を持っていたから余計だろう。
 でも、まだまだ頭をぐりぐりスリスリ押し付けてくるメイちゃんに、
「こりゃメイちゃん構ってからだな。
 悪いけど前言撤回。鎌、よろしくね」
「っは! 失礼しました!」
「メイちゃん、不意打ちはだめだよ~」
 タタタ…と走って自分から離れていくユンの自然な足音。
 メイちゃんの温かさを感じながらも、ジョットはひたすら悲しくなっていった。