いない。
コビとシロヒゲがいない。
部屋のドアを開けた、普段はジーの根城になっている部屋の中にいたのはみどりちゃんだけだ。
「みどりちゃん、コビとシロヒゲは?」
みどりちゃんはプルリと震え、ぴょこぴょことドアのほうへ。
ドアの前で外を指す。
「出てったのね。でもさ、鍵かけたはずなんだけど、どゆこと?」
みどりちゃんはプルっとし、そのまま動かなくなった。
コビとシロヒゲが鍵を開けられるはずはない。
つまり、
「みどりちゃん、なんで鍵あけたの?」
スライムなんだから鍵穴なんて簡単に侵入して開けられる。
護符を貼るほどの用事でもないから普通に施錠しただけにしていた。
何よりみどりちゃんは真面目で、逃げ出したくなりそうなあの二人を手助けするとは思えない。
ジョットがじとっと睨むと、みどりちゃんは そのまま床をペタペタしだした。
その場とその隣の一部だけ見事に塵一つなくなったが、隣が埃だらけ。
その埃だらけのほうに、体を半分傾けては戻し、傾けては戻し。
─────一か所だけきれいに…、そうか。
「掃除やり残したところがあるって?」
みどりちゃんは縦に高く飛び跳ねた。
正解のようだ。
いつも不思議になるが、何でかあの3人は普通に位置疎通を図っている。
ジョットとジーがつぶやいているのに使う『波』と似たものが自然に使えているのかもしれない。
「そっか。疑ってごめん。でも、多分嘘だから」
今度はびくりと痙攣し、床にへばりつくように平になった。
だいぶ凹んでいる。
みどりちゃんのことだ、全く疑っていなかったのだろう。
でも、あの二人が仕事のやり残しなんてするわけがない。
そういうことなら、みどりちゃんよりあの二人と付き合いの長いジョット自身のほうがよく知っていた。
やるんだと思っていることはやりだしたら絶対かつ完璧。
やだと思ったらテコでもやらない。
早く自分の紹介をしないとと思ったのか、それとも…
「探してくる」
といっても、ほぼ行先は確定している。
適当にドアを閉めてつかつかとダイニングに戻ると、案の定。
ユンとコビが向かい合ったまま金縛りのようになっていた。
「あー、もーだめじゃないかコビ!
紹介するまで待っといてって!」
コビはしゃかしゃか床を掃いている。
嘘をついてまで脱出した原因を、ジョットはコビのその動きと普段の性格から察してため息をついた。
「そりゃ外から帰ったら靴に土とかついてるし汚れるよ。
自分の職務範囲だから気になるのはわかるけどさ。
いつもそうしてもらってて全然助かってるし。
でも、今日から新しい人来るから、歩いてるそばからその後ろ掃除するのはもうちょっとその人がここに慣れてからにしようって、この前話したよね?
…ね? 思い出した?
僕はいいけど、彼女は来たばっかりでしょ。
すぐ後ろで掃除しだされたらびっくりするに決まってるから」
コビは体をジョットに傾けてしょげている。
でもしょげたって駄目なものはダメ。
「めっ!」
ジョットはだいぶびっくりしただろうユンに、
「ごめんね、こんなとこ見せちゃって」
コビの不躾な来訪に怒ったり怖くなったりしていなければいいが。
「いえ…大丈夫、です…」
よかった。大丈夫って言ってる。
「うん、ありがとう。
ほら、コビ、お礼しなよ」
コビがユンに謝罪兼お礼をすると、
「だ、大丈夫デス、はい」
明らかにしどろもどろなユン。
ジョットにも今度はちゃんとその真意を理解できた。
「…だよねぇ~…」
紅茶を手に、ユンを多少なりとも落ち着かせるために、
「座って。疲れたと思うし。一服しよ。ね?」
ユンは言われるがまま呆然と紅茶を喉に少しずつ流し込んでいるようだ。
目線の動きが不信になっているのは、今はしょうがないと思ってコーウィッヂは自分も紅茶に舌鼓を打った。
「あの、コーウィッヂ様、箒の…」
「ん?」
「コビ…さんが、何か…」
「え?
あれ、コビ、どしたの?」
コビが部屋を出たり入ったりしている。
ゆっくりと部屋に入り、体を部屋の中向きに傾け、戻し、速やかに出る。
「あー! そっか、そうだね! ナイスアイデア!
これを機に紹介済ましちゃお」
仰々しく何か別にやるより、ショックを一回で全部済ましたほうがすんなりいくだろう。
多分部屋を出た理由は二人とも同じだから、シロヒゲもすぐそばにいる。
「二人、こっちおいで~」
予想通りコビとシロヒゲが、揃って部屋に入ってきたので、ジョットはユンのほうを向いた。
ユンはぽかんとしたままだ。
「箒がコビ。
モップがシロヒゲ。
二人はうちで床と路面の掃除を担当してくれてるんだ。
さっきみたいに背後から掃除されたりするのと、たまに夜中に掃除しだしたりするけど、うるさいことはないから、大丈夫。
コビ、シロヒゲ、こちらはユンさん。
今日から家で働いてくれる新人さんだから、よろしくね。
握手はできないから、お辞儀でごめんねユンさん」
「よろしくお願いします」
ユンが立ち上がってお辞儀をした直後に、コビとシロヒゲがお辞儀をしている。
─────よかった! これ、イけたんじゃない!?
ジョットは喜んだものの、すぐに申し訳なくなった。
「ほんとなんか場当たり的で準備できてない雇い先そのものだなぁ、僕んち」
ちょっと訳アリ従業員を新メンバーに紹介する手はず。
そんな些細なことでさえ、案を練ったのにこうなってしまった。
「もうあれだね、ユンさん、わからないこととか、おかしいと思うことがあったら、早めに僕に聞いてね!」
最初の顔合わせがほぼ無事終わりそうと確信して安堵感でいっぱいのジョットに、ユンは告げた。
「わかりました。
じゃあさっそくですが、この方たちって、一体、なんなのですか?」
「へ?」
「箒とモップって、意思疎通できないですよね?
道具ですよね?
モノですよね?
これ、この…方たち、なんで、その」
─────そっか、この二人自身がどういう属性のモノなのか説明してなかった。
「魔法の箒とモップなんだ。
それぞれ人格があるんだよ」
これで大丈夫。
意思疎通が取れるのはわかったはずだから、仕事には特に問題がないはず。
なのに、だ。
ユンはまだ不可思議なものを飲み込めない顔のまま。
なぜなのかわからないジョットの脳裏に慣れたつぶやきがやってきた。
─────『今コビとシロヒゲがここにいるってことは、もしかしてこの俺様が薄々予想してた展開まんまになってるっちゅうこと?』