領主館へようこそ 53

─────『予想通りって?』
─────『あいつら絶対逃げ出すなぁと』
 しれっとした顔で、
「ジー…っス」
「ユンです。よろしくお願いします」
 ジーは箒とモップを見て、そしてジョットを見た。
─────『なあ、話した?』
「説明したのかって?」
 ジーはうなづいている。
「したよ!
 ねっ!」
 ユンは反応に困っているようだった。
─────『はぁ~…』
 ため息をつぶやかれるなんて心外だ。
「説明、足りない? どんな説明したのかって?」
─────『うん』
「魔法の箒で、人格があるって。
 ね? してるでしょ?」
─────『それ、してねぇから』
 ジーがかぶりを振ると、ユンの表情がぱぁっと明るくなった。
─────『表情の乏しい人だって仲介役から聞いてたんだけど』
─────『そんな人でも表情に出るくらいお前が説明できてねぇってこと』
「そっか…。
 そういうもんなんだね」
 気を取り直して、
「ちょっと特殊な魔道具でね。
 友達からもらったんだけど、そいつ曰く、魔女バーギリアのものだって話なんだ」
 一通り説明し終わるころ、ユンは多少落ち着いていた。
「でもよくそのご友人の方、譲ってくださりましたね」
「昔色々あって、お金持ちの人の船に乗ったときぶんど…おっと、『譲ってもらった』って言ってた」
 うっかり本当の話をしそうになる。
 そのままジョットはあのころのことを思い出し始める。
 3人と一緒に『海賊』という肩書で海と陸を行き来し、『貿易船』という名前の人身売買や薬物取引の船を襲ったり、用心棒を買って出たりして生計を立てながら逃げ延びていた時。
 ベータが見つけて大喜びしていたっけ。
「そいつ魔法使いなんだけどさ。
 自宅で保管してたら勝手に掃除しだして、いろいろ危なかったらしくて」
 ひと昔以上前の話なのに今も鮮明に覚えている。
 あの人に連れられて3人と一緒になる前の記憶はところどころ薄らぼけているというのに。
 苦々しい過去を塞ぐためにユンに色々説明を進める。
 メイちゃんを紹介し、場所の案内をし。
 昼食になったらジーに呼びに行かせることにして、ユンは自室になる部屋に入っていった。
─────『制服いると思うんだけど、どう?』
─────『賛成』
 階下のジーからはすぐに返事が返ってきた。
 ユンが着てきた服はかなり古く、シミなどの汚れが目立っていた。
 これまで雇った人達はここまでじゃなかった。
 ちょっとお金がないというのではなく、真の一文無し生活をしていたのだろう。
 あの服で来客応対は領主館としてよろしくない。
─────『でもスカートだと動きが取りにくいよね』
─────『ズボンもいいと思うけど。
      ラインをうまいことすると、お尻の辺りがいい感じに』
─────『ほんとにぶれないなぁ』
─────『思うだろ』
 ジョットは時間を少しだけおいて、
─────『ちょっとだけ』
─────『ムッツリめ』
 ジーが言ったから気になっただけだ、と言いながら、見ていた自分を否定もできず。
 その反応にジーは満足したらしく、追加の図星発言は来なかった。
 そんなやりとりがあったなどつゆ知らずのユン。
 昼食でもステーキに面食らったりと、今までのメンバーでは見ることがなかった様子を見せてくれた。
 なにより人が増えた食卓は単純に楽しい。
 制服の話をするとしきりに恐縮していた。
 下心が多少なりともあることに罪悪感を感じそうになる。
 でもジョットはもちろんそんな顔はしなかった。
 食べ終わった後すぐにユンは、
「あの、ついでに調理場のこととか教えてほしいので、手伝わせてください」
 ジーはユンの声に振り返り、ユンを見つめた。
「場所は先ほどちらっと案内していただきましたが、使い方なんかを確認させてほしいです。
 今まで使っていたところとあんまり大きくわからなかったとは思うので問題ないはずですが、その…構いませんか?」
 ジーは聞き終えてすぐ、
─────『しばらくこっちでやっとくわ』
「そっか、そだね、色々なし崩しだけど、ついでにひとつずつやったほうがいいね。
 それに調理場の中は僕のほうこそあんまり知らないし、いると邪魔だから、ってことだね、ジー」
─────『可愛がろうと思ってた若い子取られてやきもち焼くなって』
─────『そういうんじゃないから!』
 多少『そういうん』だという自覚があったジョットは『あとは宜しく~』とジーに手を振って背を向け、ダイニングを出て、自室に向かった。
 若い子は単純にかわいかった。
 女の人どうのこうのというのではなく、知らないから素直になれるところがだ。
 その点…。
 書斎の椅子にふわりとゆっくり腰を掛け、息をつく。
 ジョット自身と同じく被害者であり、ジョットの被害者でもあるジー。
 3人と『海賊』をやるより前からの知り合いである彼は、他にも選択肢がある中でこの領主館にいることを選んでくれた。
 顔も見たくないと思っていたって不思議ない。
 ジョットはジーにそれだけの思いをさせた。
 ジョットのような見た目の人間とジーが一緒にいると、時々恋人関係を疑われたが、そんな良好なものではない。
 泥まみれで血まみれで、涙なんて一切出せないそういう関係。
 戦友? 親友? 敵?
 同じ釜の飯を食った仲間といえば一応はその通りだが。
─────『あっ!!! しまった!!!!』
 ジーの、多分だがジョットにつなげる気でつなげたわけではないつぶやき。
 問題発生だ。
 ジョットはさっき腰かけた椅子から立ち上がった。