ほんの数刻後、ユンは恐ろしいことに、いつものように夕食の支度をしていた。
鍋をかき混ぜながらジーがコーウィッヂに担がれて外に出ていく様を、ユンが頭を垂れて送ったのを思い出す。
自分よりも体格が大きい——倍くらいの体重かもしれない——を軽々と支えている姿。
入れ墨のことと関係があるのかもしれない。
ジーが使っていたカトラリーはコーウィッヂにまとめて渡している。
遺品として一緒に埋めると言っていた。
ユンはこの村の墓地には今まで立ち入ることがなかった。
埋葬がすべて済んだら、ユンはどこかへと還っていったのかもしれないジーの痕跡に向かうだろう。
来週から食材の購入量が少なくなる。
今では数字が全部読めるようになったユンは、間違えないようにしなければと自分で念押ししながら、ひとしおの侘しさ。
みどりちゃんがいつになく調理場の入り口を覗きに来てくれるのが有難かった。
コーウィッヂが帰ってきたのは日がすっかり落ち、夕食時になったころ。
デューイは普通に食べていたけれど、ユンもコーウィッヂも昼食は取っていない。
食べる気がしなかった。
だから朝の気持ち引きずっていた。
おかえりなさいというのもどうだろうか…。
迷ったユンは、玄関から入ってきたコーウィッヂに、
「夕食の支度、できてます」
「ありがとう」
コーウィッヂはほほ笑んだ。
笑みを浮かべるだけの力が出てきていることが嬉しかった。
デューイには話だけしておいたと伝えると、
「うん…了解」
着席しながら軽い返事を装っているが、やはり堅い。
カトラリーと食器が立てる音のよう。
コビとシロヒゲはジッとして動かない。
みどりちゃんもだ。
ユンは自分が味わって食事をできていることが辛かった。
コーウィッヂの気持ちにはなれない。
違うということだろう。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
静かに食卓は閉じられていき。
その日も静かに過ぎ去っていった。
ユンはベッドにもぐりこみ、いつあの事を聞こうかとタイミングを考えた。
コーウィッヂが落ち着いてからがいいけれど、
—————それはいつ?
ユン自身、祖父母が相次いでこの世を去った時後いつ落ち着いたのか覚えていなかった。
徐々に日々の暮らしに追われる中で少しずつ少しずつだったのだろう。
今こんなに考えを巡らせることができている、それは悲しいかなジーがユンとはどこまでも単なる同僚だったから。
もう会うことのないあの人。
コーウィッヂとジーの関係は、ユンと祖父母の関係でさえ比較にならないほどの密接さがあった。
でもそのジーの遺言は、ユンに託されたのだ。
—————いつがいいの…?
コーウィッヂが最後に何か——なぜか——ジーと『会話』した内容をユンはあずかり知らない。
でも早い方がいいような気がしていた。
だから余計に困ってしまう。
コーウィッヂに話を聞いてもよさそうになるのは、一体、
—————いつ…?
迷いが晴れないまま、ユンはみどりちゃんのペタペタ音を聞きながら深く眠りに落ちて行った。
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翌日昼過ぎにやってきたのは村長とリアだった。
葬儀もせずで、という話はデューイから聞いていたものの、村長は悩んでいる様子だった。
「持病があるのも知らねぇで…」
「黙ってたからね」
リアは静かだった。
前に会ったときの様子だったら、『馬鹿ねぇ』とか言っても可笑しくなかったのに。
ぼそぼそと何か言っているようにも見えたが、何だったのかわからない。
「じゃあ、一緒に行こうか。
みどりちゃん、コビ、シロヒゲ、おいで~」
穏やかな様子の声掛けが怖い。
心ここにあらずのような。
墓地に向かう馬車に乗り込む。
三人は馬車の荷物として荷台に乗せた。
それは領主館の裏側にあった。
少し下ったところにある平な場所。
他にいくつも墓標が立ち並んでいる。
「こっちだよ」
ついていく。
その墓標群の中に、真新しい掘り返した場所があった。
何も書かれていない岩が置かれたそこ。
コーウィッヂが備えたのだろう花束があった。
それだけだった。
「こんなちいせぇ穴…?」
「燃やしたからね」
「えぇ!?」
村長が驚いた顔になる。
リアは少しだけ目を大きく開いて、息をついて、黙ったままだった。
「人間燃やすなんて…」
村長はまだうろたえている。
それはそうだ。普通に亡くなった人は、普通に棺に入れてそのまま土の中に埋葬する。
魔法使いの処刑や遺骸の対応以外で、人の体に火をつけるなんて…。
「ジーにそうしてくれって頼まれてたから。
出入りの魔法使いに、その時のために魔法陣を組んでもらってね。
綺麗に全部灰になった」
前にベータが来た時にごそごそやっていたのはそれだったのだろう。
ベータがどんな気持ちで魔法陣を描いたのか想像してみようとしたユンは、途中で諦めた。
わかりっこなかった。
村長が持ってきた花束。
リアが持ってきたウイスキー。
ユンが持ってきた干し肉。
デューイが持ってきた、ジーが馬車に乗る時に使っていた鞭。
コーウィッヂは手ぶらで。
いつもは過剰なくらいに動き回る3人も静かにジッとしていた。
墓前に供えてしばらく、鳥の声だけになる。
いくらか時が過ぎ去った後、
「じゃあ、行こうか」
コーウィッヂはみんなを馬車に誘導し。
屋敷に着いてすぐ、玄関の外で、
「リア、ちょっといい?」
リアはコーウィッヂについていく。
屋敷の中にほかの人達を招き入れてお茶の支度のためにダイニングに向かうユンは、その後ろ姿だけを目の端に取られていた。