—————昨日、落ち着かなかったのは私だけ?
そんなことはないと思いたい、と調査に向かう彼らを送り出した翌日の昼下がり。
祭りまであと何日だっけ? と思うも、今回あの来客があるから大変残念なことにユンは見に行くことすらできない。
昨日の夕食の時、若い担当者の人が——テトという名前を昨日初めて聞いた。コーウィッヂの伝え忘れで、ジーはすでに知っていた——『一緒に行ってもいんじゃねっすかぁ?』と言ってくれたのだが。
コーウィッヂがなんでかすっっっごくわかりやすい凍り付いた笑みで『無理です。申し訳ありませんが御覧の通りこの人不足の状況でして』と断っていたので、だめぶりが向こうにもしっかりと伝わったようだ。
今朝手を振って出ていく若い担当者の元気そうな姿がうらやましくもなったが、あの後森に入って仕事なわけで、お互い似たようなものだ。
ガタリと音がすると思ったら、玄関のドアから入ってきたのはコーウィッヂ。
別館の様子を見に行っていたのだけれど、
「みんな元気そうだった」
シロヒゲとコビが二人きりでイチャイチャモード——未だに何を指すのかユンには分らない——になっていたらしいが、それ以外に問題はなさそうとのこと。
「暴れて穴が開くとかあるかなぁって心配してたんだけど、僕がみんなのこと低く見てたね。
真面目に仕事してくれてて」
「ジーには話さなくていいんですか?」
心配しているだろうと思っての発言だったが、当のコーウィッヂには一瞬考えるような間があって、ああ、と前置きしてから、
「ジーにはもう…ここに来る途中に喋ってきたよ」
多忙なうえに気を使っていつも以上に表に出ないせいでどこにいるのか分からなくなりがちなジーをどうやって見つけたのか、長年の勘とは冴えたものだ。
「ジョット」
「ん? 何?」
ダイニングから出てきたチリカと、話し込むジョットの凸凹感。
夕食の食材の打ち合わせのようだ。
「あ、ユンさん、いいよ、戻って」
かしこまりましたと返事をして戻る。
—————呼び捨てし合う関係。
女友達という奴なんだろうかチリカは。
—————なにこれ。
モヤモヤする。
絵面的には子供と大人のお姉さんなのだけれど、ユンはもうジョットが大人の男の人なのだとよくよく知っていた。
—————だから…だから何?
それがどうというわけではないはず。
ユンは無心に床をモップがけした。
心を無くすと作業は思いのほか捗る。
考え事をしないで済むのは良いことだ。
そうこうしているうちに夕方、そして夕食。
「特になーんもなさそうで、ほんとよかったっす」
昨日よりも気楽になったのかテトは昨日の誘い文句よりも軽く報告を口にした。
主担当者——キシアス——が流石に注意。
「お前、言葉遣い気をつけろよ」
「いえいえ、気楽にしていただいて全然。
本来でしたら二日目以降は気楽にしていただくのに、こちらの人数が足りないばかりに僕みたいな気を遣わせる人間がいるところで食事をとることになって申し訳ない」
キシアスがすみませんという間、ユンはついついコーウィッヂをチラ見した。
しれっとしたコーウィッヂのこの言葉、真っ赤な嘘だからだ。
本当は二日目以降は何とかして食卓を分けるつもりだった。
これが決まったのは昨日の夕食の後。
理由は100%コーウィッヂのわがままで、
『だって、話面白かったんだもん』
口調はいつも通りだったけれど、コーウィッヂがその『面白かった』話をしていた時の顔は、魔法使いのベータが帰ったときにユンがコーウィッヂ話したような『面白い話』を聞いた時の顔とは対局にあるものに思えた。
「いや、こちらも担当者だけ集まっても仕事の打ち合わせのようになるだけで」
「そーぁんすよ…んぐッ」
「食いながら返事するな」
「…へい」
「ったくお前なぁ…ジェレミーも言ってやってくれ」
ジェレミーは思い出し笑いというか、苦笑いというか。
「申し訳ないのですが、自分は言えません。
カロネアにいたころ上官や向こうの兵士を交えてさえ、与太話やらでそんなようなやり取り、どっちの国側の兵士にもありましたから」
本人の身に覚えがあるのかもしれない。
「気になりますね、どんなお話されてたんですか?」
「いや、大したことでは。
平和になったもんだ、とか、そんなようなやつです」
「黙ってんのだって疲れるぅ~ってことっすよね!」
「お前は口を閉じろ」
「…へい」
3人のやり取りを聞いていると勝手にほっこりしてしまう。
料理を出して調理場に戻っていくチリカの柔和な笑みは、おそらく聞いていたからと思われた。
「覚えているのはいくつかありますが、やっぱり自分が印象に残っているのは『小さな巨人』の話ですね」
刹那。
コーウィッヂの表情が昨日と同じかそれ以上にこわばった。
食事の最初から白々しさはあったのだが、今はそれ以上。
これに気づいているのはユンだけなのだろうか。
ジーだったら流石に気づいているだろうが、今ここにはいない。
キシアスは驚いたような顔で完全にジェレミーのほうを向いているので当然気づいていないだろう。
「そんなん初耳だけど。どんななの?」
「俺が話出したから聞けたんすよね! 俺の手柄っすよね!」
「黙れ」
ジェレミーは笑いながら、
「中身は都市伝説みたいなやつなんですけどね。
丁度国境が崖になっているあたり限定で、おかしな死に方をする兵士がでたそうなんです。
大きな爪か斧のような荒い刃なんかでやるような、力づくの一撃で切り斃されたような状態で。
大型の魔物にでも襲われた、そんな現場だったらしい。
なのに食い散らかされた後もなく、辺りに毛や体臭はおろか魔力波動といった魔物の痕跡が一切ないんだそうです。
魔力波動がないんだから、当然、敵の魔法使いでもない。
向こうの国の兵士に、こちらの国側では魔物は駆除や対策で大幅に減ったからというような話をしたら、『そのせいで向こうに魔物が増えて出てきた変種かもしれないからお前らのせいだ! なんてな、けど、まあ今出ないし』と笑っていましたよ」
「『小さな巨人』ってのはどこから?」
「それなんですよ」
ジェレミーは急にしたり顔になった。
「一番最初に発見されたときにね、岩場なのに子供の靴みたいな足跡がめり込むように残っていた、というんです」