領主館へようこそ 14

「僕が持ってっとくよ」
 あの後すぐにその友人に手紙を書いたコーウィッヂ。
 そして数日後に届いた返信の『すぐに向かう』との内容からコーウィッヂ曰く、明後日くらいだろうとのこと。
 コーウィッヂと話した限り、今考えている策は一つ模造のお屋敷を作って結界を張ってもらい、そこに閉じ込めてしまう案らしい。
 前から建屋を増やす計画はあったそうで──無駄の極みだと思う。今ただでさえ余ってて手入れできてないっていうのに──、設計図もあるので作ってもらってやればいいかと言うことだった。
 そんな急ピッチで建物作れるのかとか、もうとにかく疑問が多すぎる。
 もちろんユンはそこには触れなかったのだが…。
『そろそろこの子たちの様子も見てほしかったし丁度いいよ』
 優しい言葉とは裏腹に、目つきからして怖かったあの時のコーウィッヂ。
 今ユンから使い終わった草刈り鎌を受け取ろうとほほ笑む今のこの人とは別人のようだった。
「ありがとうございます」
 来客に向けてメイちゃんが食べ残した分の除草作業にひと段落つけたユンは、コーウィッヂの申し出にありがたく従おうと手を差し出した。
 向こうでは枝剪定中のジー。
 構ってもらえない&枝が落ちてきて危ないので、メイちゃんは柵によってその外に追い出されてうなだれていた、はずだったんだけど。
 タカタカッ
 背後から走る音がする。近づいてきているのか。
 もうこの背後からなんか来る感はこのお屋敷の名物と言ってもいいんじゃないだろうか。
 振り返って目が合うと、メイちゃんはギャロップとまではいかない駆け足でユンめがけて突撃してきてた。
 ヤギの愛情表現の一環、頭突きがユンめがけて繰り出されようとしている。
 コーウィッヂは鎌を受け取ろうと手を伸ばしているところ。
─────手、危ない!
「危ないよ」
 ユンの不安とは裏腹に落ち着いた一声を上げたコーウィッヂは、大きくて強い手でユンの腕を力強くグイっと引っ張って自分の後ろに下がらせ、自らが前に出た。
「コーウィッヂ様!」
 後ろにふらついたユンは、コーウィッヂが後ろに倒れこんでも大丈夫なように両手を広げて両足に力を籠める。
 予想通りメイちゃんはコーウィッヂに頭突きを食らわせた。
 …が。
「大丈夫。全然慣れてるから。ね、メイちゃんv」
 メイちゃんをなでなでしながら、平然とコーウィッヂはいつものかわいらしい少年のままほほ笑んだ。
「いぇ…」
 メイちゃんは頭をぐりぐりコーウィッヂに押し付けている。
「こりゃメイちゃん構ってからだな。
 悪いけど前言撤回。鎌、よろしくね」
「っは! 失礼しました!」
「メイちゃん、不意打ちはだめだよ~」
 メイちゃんの鼻先はコーウィッヂが抑えている。
 その間に、ユンは鎌を拾ってゆっくりとその場を離れた。
 屋敷に持って帰る傍ら。
 ユンは歩きながら次第に雇い主に対する気遣いや申し訳なさよりも自分の疑念に素直になっていった。
─────あんな激しい頭突きなのに後ろに全然よろめかなかった。
─────メイちゃん抑えてるときも体がぶれてなかった。
─────私を引っ張ったあの手、男の子の手じゃなかった。
 コーウィッヂがメイちゃんの頭をなでるその手を思い出す。
 今まで気にも留めていなかったけれど、そういえば少年の手にしては大きめ。
 トレビスのような武骨さはないが、発展途上の感じは全くなく。
 何ならユン一人、簡単に抑え込めそうな手だったような。
─────男の人?
 ユンはコーウィッヂが自分の手首を掴んで壁に抑え込んでいる姿を妄想してみる。
『ユンさん、』
『如何なさいました? コーウィッヂ様』
『いや、あのね、』
『何でしょう?』
『ちょっ…ユンさん、僕が抑え込んでたんだけど。それとなく外した挙句、頭撫でまわさないでくれる?』
『そんな上目遣いされたってぐっとくるだけですよ、コーウィッヂ様』
『え? え? ちょ…』
『コーウィッヂ様…』
『えっ…ていうかいつの間に僕が壁側に来てるの?』
『震えながら目に涙貯めてそんな顔されると、我慢できないなぁ』
『やっ…ちょっと息、耳にかかってるって…』
『おねえさんが、わるいコト、おしえてあげよぅか? ハァ…ハァ…』
 ユンは水場で手を洗いながらちょっと、いや、だいぶ興奮しながら一人うなづいた。
─────正解!!!
 ポッと出で体格がいい女召使いユンに強引に抑え込まれる色白・細身・黒髪・小柄な良家の美少年コーウィッヂの図。
 ユンは深呼吸して自分を落ち着かせた。
 改めて思い起こしてみる。
 やっぱり冷静に考えたって絶対こっちだ。
 なんでコーウィッヂが自分を抑え込むなんて考えたのかすら不思議になってきた。
 確かにあの手は男の人の、それも小さいころの近所のへらへらしてた子たちとか遊びまわっている若い人のじゃなくて、大人の男の人の感じだったのだけれど。
 口調や力の強さだろうか。
 手を拭き、昼の支度にかかろうと食材棚に手を伸ばす。
 ユンは自分が何をもってそう思ったのかわからなくなったが、コーウィッヂが自称42歳だったことをぼんやりと思いだしていた。
「こんにちは~仕立て屋で~す」
 玄関のほうからリアさんの声がする。
 と、言うことは。
 ダイニングから出て、玄関の前へ。
「試着してこの場で手直しするんで」
「わー楽しみ」
 玄関のドアの向こうからコーウィッヂの声もする。
 というか何故コーウィッヂが楽しみにするのか。
「男子禁制ですから」
 ドアを開けながらほほ笑むリアはその腕に包みを持っていた。
「ユンさん、お待ちかねの」
 コーウィッヂの声のほうがだいぶ弾んでいた。
「制服、だって!」