領主館へようこそ 13

「よかったね、みどりちゃん」
 みどりちゃんのボディは今、珪藻土マット6枚で作成された箱状の入れ物の中に丸っと納まっていた。
 あの後コーウィッヂとジーに説明し、翌週の定期販売で来た時にあの商人から入手。
「ありがとう!」
 ユンにかけられたコーウィッヂの声。みどりちゃんは綺麗な丸っこい形のままダレずにプルっと箱の中で飛び跳ねた。
「いえ、そういえばと思っただけで、確証があったわけでもないですし…」
「いやいや~、謙遜しなくてもいいよ!」
 ジーが傍らで親指を立てユンに熱視線を送っている。
「今後も気づいたことがあったらどんどん言ってね。
 もう骨身にしみてると思うけど、本当に人手不足だから!」
 語尾を強めてコーウィッヂが語る、前にも聞いたことがあるセリフ。
「ありがとうございます。
 こちらこそ、いろいろやれるようになりたいので、よろしくお願いします」
 本心とともに改めて『人手不足』が『人間という生き物の役割を果たせる従業員の不足』であることも噛み締める。
「豊穣祭まではまだ2か月あるけど、そろそろ準備は本格化してくるからね。
 ここにも人の出入りが激しくなるから、よろしく頼むよ。
 村のみんなには話してあるから」
 豊穣祭は3年前に始めた村おこしイベントで、出店と村人・旅芸人による出し物があるとのこと。
 村の農産物のPRが主目的なので近隣の街にも宣伝をしており、年々来る人が増えているのだとか。
 でもそういえば、ユンは村に一度も立ち入ったことがない。
 領地の外の街は来るときに泊ったけど、この領地の住民が主に居住地にしている辺りは全くだ。
 来てまもなく2週間。
 しょうがないことではあるが、コーウィッヂ的には豊穣祭の手伝いにはユンも参戦する想定らしく、それが初来村となると手伝いどころか迷惑をかけかねないと危惧していた。
 ちなみにごく短時間の留守はみどりちゃん一人で対応とのこと。
 うっかりやってきた怪しい人がみどりちゃんに食べられちゃったりしたらどうするんだと思って聞いたら、くっつかれた人は助けを呼ぶために屋敷の外に出ようとするので、服は足元から一部──多くても下半身全部が限界──消化されるけど体はほぼセーフということらしかった。
 その結果、たま~に屋敷の外を下半身裸で泣き叫びながら走り去るヘンタイさんが出没するのだとか。
 どっちが被害者なんだか。
 このお屋敷がどこかに通報されないかどうか、だいぶ心配。
 もう雇い主の夜逃げは勘弁してほしい。
 ガンガンガン
 1階の踊り場の下、玄関か。
「だんなぁ~!! 今いるっすか~!!」
 何の騒ぎかと思うような無駄に強いノックオンとガラの悪いでかい声。
 コーウィッヂはすうっと息を吸い込んで、
「ちょっとまって~!!
 ユンさん、ついてきて。あれ村長なんだ」
 階段へと駆けるコーウィッヂに頑張ってついていこうとするも、
─────ちょっ…速っ!
 思った以上に速い。引き離されていく。
 コーウィッヂが下りきるや扉が開く。
「いらっしゃい」
「うっす。
 そちらのお嬢さんが新しい方で?」
「そう。ユンさん。
 ユンさん、こちら村長のトレビスさん」
 ギリギリ間に合ったけれど、
「は、はじ、め、ゼェ…まして…ハァ」
「ごめん飛ばしすぎた」
「だんなぁ、女子には手加減しねぇと」
 そんなレベルの速度だっただろうか?
 でもなんでコーウィッヂは息切れ一つなく汗一つかかず涼しい顔なんだ。
 ユンはいつも通り完璧にビスクドールのようなコーウィッヂを横目にせっせとハンカチで汗を拭いてから姿勢を正すと、
「ユンと申します、よろしくお願いします」
「トレビスっす。こう見えて今、村長やってます、なんつって…照れますなぁ~」
 そのままがははと笑い出しそうな口回りにはもじゃもじゃの髭。
 太くて堅そうな毛の眉毛に禿げ頭、やや色黒でずんぐりとした体躯。
 本人がそう言った通り、村長という見た目ではなく。
 ユンには山賊のほうが見た目の職業のイメージがマッチするように思えた。
「いや~よかったっすね、新しい人入って。
 箒とモップだけじゃ厳しいスすもんね~!」
 知ってるのかこの人。
 ユンは思わず目を見開いた。
「本当そう。
 豊穣祭関連の人の出入りが年々増えてるし、村の農産物の販売量も増えてきてるし、その辺の整理ももう来年辺り僕とジーだけじゃ絶対無理だと思ってたからさ~」
 魔法の箒とモップの存在を知りながらこんなフラットに仲良くやれるもんなのか?
 ていうかこの容姿のコーウィッヂを『だんな』扱いしている辺りでなかなかのツワモノだ。
 何かの手続きやらお裾分けやらを置きながら、
「ところでその、豊穣祭なんすけどね」
「…なんか問題起こってる?」
 ちょっとだけ二人とも、口調が重くなる。
「…どーも今年、街かどっかから、国の役人の視察がくるって話があるらしいんすよ」
 コーウィッヂの表情が一気に堅くなった。
 それはそうだ。
 街の上流階級Or国家のお役人、つまり村への来賓。
 領主館でおもてなししないといけない。
 当然宿泊場所もここ。
 祭りが大きくなって、農産物も前より売れるようになって、ということだったが、いいことばかりではないということか。
 いや、普通は素直に喜べることなのだが。
「…そっすよねー…」
 コーウィッヂの表情を的確に読み取ったトレビスは領主館の中を見回した。
 コビが階段の踊り場を掃いている。
 シロヒゲは階段下を小刻みに素早く往復していた。
「部屋に籠ってもらって何とかなるかなぁ…」
「「う~ん…」」
 ユンとトレビスは同時に唸った。
 コビ・シロヒゲ・みどりちゃんがここにいるのは、そもそもみんな魔法使い宅で勝手に動き回ったからだ。
「1日くらいならイケそうっすけど、それ以上だと3人とも騒ぎだすんじゃねぇかって…」
 トレビスはコビもシロヒゲもみどりちゃんも知っているのだろう。
「だよねぇ…。程度の差はあれみんな真面目っていうか…んー…でもねぇ、見つかると」
 トレビスがうなづいた。
 ユンだってそれくらいわかる。
 あの3人の存在自体、偉い人にばれるとまずいだろう代物だということが。
「ちょっと考えてみる」
「あざっす。じゃ、また」
 トレビスは言い置いて扉を閉めて行った。
 シロヒゲが床をザザっとモップがけする音だけが聞こえる。
 コーウィッヂは大きくため息をついた。
「策、あるんですか?」
 一呼吸おいて、真剣な顔でコーウィッヂは
「友達に相談してみる」
「もしかして、その、魔法使いの、ですか?」
 コーウィッヂは静かに頷いた。