「こんな感じで、ペトッとホコリとかを取って、ペッと捨ててってくれてるんだ」
やさしいみどりちゃんはコーウィッヂの説明通りホコリをその表皮にくっつけ、中に取り込み、まとめて適当なところに吐き出す様を実演してくれている。
ユンは自分の頭がおかしいのかと思った。
このツヤプルでまるっとしたみどりちゃん──初めて見るスライムという生き物──を目にした自分が感じているのは驚きではなかった。
─────私にはあの特殊清掃技術を習得するのは不可能だということか…
まさかの人外。
入り込めない隙間の隙間の埃の取り方がまさかあんな…あんな…。
押し寄せる津波のようなショックと落胆をユンは抑え込んだ。
「今後ともよろしくお願いします…先輩…」
「だって! よかったねみどりちゃん」
コーウィッヂはさっきまでのユンのわくわくを代弁するかのようだ。
「でね、虫とかネズミとかは食べていいよってことで。
あと、たまに来たりする知らない変な人とかも、いいよって。
もちろん屋敷の中に入ってきた人だけってことで、みっちり指導はしてるから。
いるんだよね~、困ったことに。
僕の後つけてくる人とか、泥棒さんとかさ」
『害虫駆除』の害虫=コーウィッヂにつく悪い虫。
『ネズミ知らず』のネズミ=ネズミ小僧。
ジーがいなくても安心した様子だったのはそういうことか。
そりゃ魔物がいたら普通逃げる。
でもおかしい。
「スライムって飼えるものじゃないんでは?
それに低級の魔物で、そんな大きい生き物って襲えないものと…」
魔物は退治される対象で、スライムだって例外ではない。
もちろん人と共存しているなんて聞いたことがない。
さらに人間や動物への危害は軽いけがを負わせる程度で、食べるのは確か虫くらいまでだったと記憶している。
コーウィッヂはため息交じりになった。
「前に話した友達の魔法使いが絡んでるんだ。
知らないうちにスライムの幼生が庭に住み着いてたらしいんだけど、そいつ、庭にいらなくなった薬草やら古くなった道具やらを適当に捨てたりしてたんだって。
そういうのを食べてるうちに、強くなっちゃってたらしいんだ。
野兎食ってるのを目撃したところで気づいて。
そもそもスライムってもっと足元サイズでちっちゃいからね。
もとはといえば自分が分別もせずに適当にゴミ捨てしたせいでこんなおっきく強くなってたわけだから、ちょっと責任感じたらしい。
使い魔とまではいかないけど、『知ってる生き物』『その他』をそれなりに分類して対応できるようにしたって。
そういう実験的なことを生き物でするのはいけないと思うんだけど、『退治するよりは共存できたほうが』ってさ」
コビとシロヒゲの入手元と同じ。ぶっ飛んでるわけだ。でも、
「それだと、コーウィッヂ様に譲る理由がないのでは?」
「いや、そこはね、みどりちゃん、まじめだからさ。
自発的に『その他』、つまりホコリとか虫とかを掃除してくれるようになって…さらに屋内の他の薬草やらなんやらもちょっとずつ取り込んだりしちゃったみたいで。
その状態で書きかけの魔法陣の上に乗っかった結果、あわや大惨事になって、」
「前におっしゃっていた爆発ですか?」
「いや。
みどりちゃんを生贄に、水龍が召喚されかかったらしい」
屋内で何をやっていたんだその魔法使いは。
龍は人が乗れるくらい大きいらしいと聞く。
屋内で呼び出したら普通の家屋ならあっさり倒壊することぐらい、素人のユンでさえ常識として推測できた。
だた、それとは別に、生贄も大きい魔法だと強くないといけないとも聞いたことがあった。
そうするとみどりちゃんって。
ユンはこの屋敷内の最強はみどりちゃんなのかもしれないと、プルプルと楽しげに跳ねる丸っとしたボディを見つめた。
今しがた降り出したのか、会話の空白に挟まり、外の雨音がほんのりと耳を打つ。
「なんにせよ、危ないと思ったみたい。
でも捨てるわけにもいかない、生き物だから~って、相談されて。
それならうちで預かるからたまに様子見に来てッてことで。
でも『知ってる人』を認識するのに2~3日かかるんで、ユンさんへの紹介はあとにさせてもらったの」
「会うタイミングによっては私もみどりちゃんのごはんになってたってことでいいですか?」
「前の人みたいにいきなり叫んだりしなきゃ大丈夫」
さらっと口にしたコーウィッヂは要求の高さを理解できていないように思えた。
前任者の納得の退職理由が明らかになったところで、改めてみどりちゃんを見つめる。
「来客の時とかは?」
「その時はお休み。普段も基本夜中仕事なんだけどね
でも、ジーが外に出るときは出てもらってて…」
深夜の怪音の正体も明らかになってすっきり。
この屈強なみどりちゃんに視線を向ける…が、様子が変だ。
─────べたついてる?
さっきまでコロッと丸っとしていたのに、だら~っと横に流れているような。
動きも床にへばりついて這いずるような感じ。
「あの、みどりちゃん、大丈夫ですか?」
ユンの声を遮りかねないくらいに雨音は強まっていた。
「あれ? あっ! 雨か!
みどりちゃん、ごめん、戻っていいよ! 無理しないで!」
みどりちゃんはずるずるとその体を引きずって、階段から二階へと這いずっていった。
「雨だとよくないんですか?」
「うん。本来スライムって水が多ければ多いほうがいいはずなんだけど、みどりちゃんデリケートでね。
こんな大雨で湿度が上がっちゃうと、調節しきれなくなって動けなくなっちゃうんだ。
強くなった代償かもしれないって勝手に思ってるんだけど…。
それで部屋も1階より湿気薄い2階なの。戻れたかなぁ…。
いい方法ないかって考えてはいるんだけど、体が変に流れないように石の箱に入れても湿気こもっちゃうだけだし。
薬局で売ってる乾燥剤じゃ強すぎるし。
なんかいい感じに湿気を吸ってくれるような箱ってないもんかなぁ…」
気遣わしげなコーウィッヂ。
ユンはもやもやした。
─────このキーワード、どっかで…
「あ」
「え?」