ジーは普通に雇い主と同じタイミングでナイフとフォークを手にしている。
ユンはそっとそれらに触れ、そしてついにその手に握りしめた。
今目の前で二人がしている食べ方をよく見て、前の雇い主がやっていた食べ方を思い出しながら肉にナイフを入れる。
見たこともない真っ白な皿にででんとのっかった茶色の肉は、バターと肉汁と、多分胡椒の香りを漂わせ。
フォークで刺して口に入れる。そして噛み締める。
ユンに味わう余裕など当然になく。
「どう?」
ユンにコーウィッヂが聞いてきたのはもう絶妙にタイミングが悪い。
ほおばり過ぎた肉塊を何とか飲み下す。
ジーはコーウィッヂをじっと見て、例によって軽く首を横に振った。
「え?
タイミング悪い?」
こっくり頷くジーだが、コーウィッヂが反論するよりユンが喋れるようになるのが先だった。
「初めて食べます」
「そう。口に合ったかな?」
よくある一択クイズだ。
「はい、おいしいです」
ジーがユンを不憫そうに見つめたあとコーウィッヂをにらんだ。
「僕が反応を強制してる?」
ジーにぶすっと膨れて反論したコーウィッヂ。
ジーがジェスチャーを出す前にユンは割って入った。
「いえ、そんなことないです」
二人は同時に首をユンのほうに回し、じっと見る。
「ほんとに?」
「はい。ほんとに、おいしいです」
さらにユンを凝視した後、ジーはともかくコーウィッヂは胸をなでおろしたようだった。
「よかった~!
実はジーも僕も味音痴でさ。
ほら、ジーは臭いあんまわかんないし、僕はもともと頓着しないもんだから。
普段は人が来るときは知り合いの料理人に来てもらってるんだ。
たぶん一番調理方法がシンプルで味がおかしくならなさそうなのを出したんだよね。
ユンさん料理もできるってことだったから、明日から早速、朝昼晩の支度も頼みたくって」
ジーは深くうなづいている。
なるほど納得した。
今日のところはひとまず、味音痴でも作れそう&素材がいいから不味くなりようがないものを作って出したということか。
確かにこのステーキは肉を焼いているだけ、このサラダは生で食べられる野菜を切っただけだ。
「わかりました。
でも私も腕は人並そこそこですけど…」
「いいんだよ、むしろ全然大丈夫!
僕ら人並どころか普段めんどくさくてパンと生野菜と干し肉、たまに瓶詰で済ましてるレベルだから。
今日は初日だし奮発してみたの」
なるほど納得したパート2。
そして安心した。
毎日こんなん食べてたらどうしようとビビっていたけれど、実際には──結果的にかもしれないけど──質素な食卓らしい。
「予算とかはジーに聞いてね。
あと、普通からみんなでこんな感じだから。
なにせ人いないし、世間一般のマナーだとか身分がなんだかんだ~って言って杓子定規にやるなんてとてもじゃないけどめんどくさくって…。
そこに気を遣うより実をとろうってことで。
ま~何より大勢で食べたほうが楽しいし。
ねっ!」
いつの間にか肉を食らいつくして皿を空にしていたジーは、話を振られたものの完全に聞いていなかったらしい。
変な顔でコーウィッヂを見返した。
─────雇い主に対してその態度OKなのか?
「もーっ! 聞いてなかったでしょ~!」
ジーは目をそらして頬を人差し指でポリポリ掻いている。
コーウィッヂはコビにしていたのと同じように注意しているが、全然怖くない。
『ぼくプンプンまるなんだから!』みたいな感じで兎に角かわいいだけだ。
ジーが黙ってうんうんうなづきながら話を聞く姿は大人が子供をあやしているような。
「てか僕はともかくユンさんに悪い!」
コーウィッヂが注意──というかかわいさの暴力的な──を終えると、ジーはコーウィッヂに軽く頭を下げ、ユンにも軽く頭を下げた。
「いえ、私は大丈夫ですから!」
慌てて手をぶんぶん左右に振ると、ジーはまたほっとしたような顔になった。
そしてそこからは、話題がユンから離れた。
領地の管理の話、屋敷の修繕の話などなど。
その間ユンはとりあえず自分の食事を食べきることに専念したのだが。
結構な量に見えるけれど、コーウィッヂはもうとっくに食べ終わっている。
というかたぶん今話をしているのはユンが食べきれていないことに配慮してなのだ。
話の内容自体は今後のこの雇い先の状況を推察するのに大事な情報なので小耳にはさみつつ、必死で肉とサラダを食べる。
全部平らげるころには肉は冷めきっていた。
でも二人とも待っていてくれていた。
「ごちそうさま~」
「ごちそうさまでした」
挨拶を終えると、コーウィッヂはおもむろに皿を重ねだした。
まさかと思った。
コーウィッヂ自ら食卓を片付けている。
これはじっとしていてはいけない。
「あの、ついでに調理場のこととか教えてほしいので、手伝わせてください」
ジーはユンの声に振り返り、ユンを見つめた。
「場所は先ほどちらっと案内していただきましたが、使い方なんかを確認させてほしいです。
今まで使っていたところとあんまり大きくわからなかったとは思うので問題ないはずですが、その…構いませんか?」
ジーは聞き終えてすぐ、首をドアのほうに軽く振ってコーウィッヂに退場を促すような身振りをした。
「そっか、そだね、色々なし崩しだけど、ついでにひとつずつやったほうがいいね。
それに調理場の中は僕のほうこそあんまり知らないし、いると邪魔だから、ってことだね、ジー」
ジーとアイコンタクトというかジェスチャーコンタクトというかを交わし合って納得したらしい。
コーウィッヂはジーに『あとは宜しく~』と手を振りながらダイニングを出ていく。
小柄なその背中が部屋から消えた後、ユンはサラダボウルと皿を腕に乗せて調理場に向かうジーの後に続いた。