領主館へようこそ 6

 午前中は今の従業員の各持ち場紹介で終わり。
 ということで、あのティータイムのあとコーウィッヂにだだっ広い屋敷内と庭を案内されたユンは今、ジーの案内で自分の部屋になる場所に通されていた。
 その間に回想した屋敷案内は、予想通りというか何というか。
 草むしり担当メイちゃん──白いメスのヤギだった──に挨拶し、後は屋敷内のふき掃除と害虫駆除担当だというみどりちゃんだけだったが、『みどりちゃんシャイだから紹介は何日か後で』とのこと。
 メイちゃんがヤギでも全く驚かなかったのは、初日にして適応力してきている証拠だろう。
 ついでにジーさんは口が不自由であの自己紹介が精いっぱいなのだということも、歩きながらコーウィッヂから聞いた。
 そしてジーとともに今たどり着いたのは2階の階段に近く、迷子のリスクが少ないからという理由で選ばれたこの部屋。
 なんでこんなに人がいないのにあんなにいっぱい部屋があるのかと悩ましくなりつつ、ユンは少ない自分の荷物をおろした。
 おろして、改めて見まわす。
 ここまでの屋敷の内装と比較するとずっと庶民的だけれど、すべて手入れが行き届いていて品がいいのは一目でわかる。
 入り口から見える窓の向こうには、ユンが今日通ってきた林が見えた。
 窓のそばに机があり、その横にベッドがあり、それらの茶色の木目はいかにも磨き上げられた風で。
 衣装ダンスも一人身にちょうどいい大きすぎず小さすぎない感じ。
 白い壁は温かみのある白で、さあっと窓から差し込む光で照らされていた。
 ユンが『こんなところに住めたらいいな』と思って想像するとたぶんこんな部屋になるだろう。
 ユンはがぜん嬉しくなった。
 昼食になったらジーが呼びに来るというのでそれまで30分くらい休める。
 荷ほどきするほどの荷物もない鞄を一応開く。
 数枚の下着と代えの服1着しか入っていないその中身を出して、衣装ダンスに仕舞い、わずかな身支度の道具を机のわきに。
 椅子を引いて腰かけ、両手をちょこんと膝の上において外を見やると、あの庭が見えた。
 メイちゃんが柵で囲われた中、むしゃむしゃと仕事をこなす様が見え、ほっこりする。
 ただまあ、この調子だとネズミ捕り担当の猫のミーちゃんとか、番犬の犬のワンちゃんとかいても不思議じゃない。
 あれで全員と言っていたが、出だしからあんな行き当たりばったりだったんだし漏れがあっても不思議ではなかろう。
 それにあのコーウィッヂの様子。
─────人間と他の生き物の境目がなさそうだったような。
 動物好きとかぬいぐるみ好きとかで、お気に入りに名前を付けて話しかけたりする人は見たことがある。
 でもあれはどう考えても違う。
 良いほうに取れば偏見や差別がないということかもしれない。
 実際ジーみたいな見た目では普通こういう職場ではそもそも雇われにくいものだけれど、あの様子だとここでは普通に外で人と会ったりする仕事すらこなしている。
 いいことといえばそうなのだが。
 ざっくり言って、シームレスさがおかしいような。
 メイちゃんを紹介するときのコーウィッヂの優しい顔が浮かんだ。
 当のメイちゃんはユンの眼下でトコトコと柵にぶつかってうなだれている。
 仕事の説明は午後から、つまり昼食の後だ。
 動物どころか箒やモップというモノに分類されるものまで労働力なのだから、人が足りてないのは間違いない。
 それに忘れてはいけないのが制服の支給の件だ。
 びっくりしたのだが明日仕立て屋さんが来てユンの採寸をするという。
 つまりオーダーメイド。
 ユンはおさがりか中古の既製品を繕ったことしかなく、驚くばかりのユンに、
『デザインは秘密ね!』
 と楽しそうなコーウィッヂの横で深~くうなづいていたジー。
 付き合いが長いのだろうか、でこぼこなのに以心伝心な二人は見ていて面白かった。
 でもそれってようするに、
─────これまで女が雇われたことがないってことかも…。
 普通前の人が着ていた制服が残っているはずなのだ。
 たまたま切らしていたにしても、昔からその家の召使いだとわかるように決められたデザインがあるはず。
 とするとやっぱりユンが初の女性召使いということに。
 こんなに大きいお屋敷ができるような領主の家なのに、だ。
 言いようのない不信感を抱きつつ、さっき紹介されたコビ、シロヒゲ、ジー、それにコーウィッヂ自身を思い出す。
 だいぶ変なのはそうだけど、危ない人にはやっぱり見えなかった。
 小さいころ一回だけ見たことがある借金取りの人見たいな、悪い目つきではなくて、ただ変わっているだけというか。
 シャイだからという理由でその従業員の紹介を保留にするような職場なのだ。
 本当にそうだとすればむしろ優しすぎやしないだろうか。
 コンコン
 ユンは休憩にならない休憩をおしまいにした。
「はい、ただいま」
 ぱたぱたとドアに寄り、開けるやいなやぬっとあらわれたジー。
 改めてみると背が高くてドアが埋まるようだ。
 ジーはすっと手を差し出し、ユンにドアを出ることを促した。
 所作がきちっとしていて、まるでどこかで習ったようだ。
 コーウィッヂの綺麗さには及ばないけれど──あの人は見た目も良すぎるから別格だと思う──ちゃんとした感じ。
 鼻が削げてなくて目の色が左右同じで髪型が普通だったら、街中の、ユンが勤めていたところなんかよりずっといいお給料で働いていそうだ。
 元の鼻がわからないので何だけれど、顔は左右対称だし良いほうといえよう。
 そんなことを考えつつその背中を見ながら、さっき来た廊下を進む。
 床に響く靴音が高級品の証だ。
 襟の高いシャツなのに苦しそうじゃない。
 コーウィッヂのと同じくこれもオーダーメイドだろう。
 階段にたどり着くと食事のにおいがする。
 焦げたバターのにおいで、ユンは一気に空腹になった。
 もともとおなかはすいていたのだから、むしろ空腹を思い出したというのが正しいか。
 なんにせよ、さっきティータイムしていたダイニングテーブルへと向かう足取りは軽かった。
 そして小ぶりなステーキとパンと生野菜を切っただけのサラダが並んでいるのを見た時、その食欲は一気に不安感に変わった。
─────こんな高級食材、召使いが食べていいのか?
 どう見てもビーフステーキ。
 前の勤め先では雇い主でさえ年に数回だったと記憶している。
 でもそこに並んでいるのは何度見ても三皿。
 コーウィッヂの席に一皿、今ジーが進んでいっているコーウィッヂの左側の席に一皿、そしてコーウィッヂの右に一皿。
 ダイニングにいる人間はコーウィッヂ・ジー・ユンの三人だけ。
 つまりコーウィッヂの右側の皿はユンの分ということ。
 それに雇い主と同じテーブルかつ雇い主の隣に自分の分の料理が並んでいるというのもありえない。
 普通は召使いは別室。当たり前だ。
「座って。
 冷めちゃうよ?」
 ちゃっちゃと自席につくコーウィッヂ。
「い、いいん、ですか?」
 ジーに案内された後、その椅子の横で精いっぱい震えそうになる足を踏みしめながらユンは聞いた。
 コーウィッヂはまた例によって『え? なんで?』みたいな表情だ。
 ジーはユンをじっと見た。
「…ィいー」
 いいのか…? そうなのか…?
 恐る恐る椅子を引いて座るとジーがうなづいている。
 ユンが座ると同時にコーウィッヂは、
「いただきま~す」
 本当にこれでいいらしい。