領主館へようこそ 5

「へ?」
「箒とモップって、意思疎通できないですよね?
 道具ですよね?
 モノですよね?
 これ、この…方たち、なんで、その」
 きょとんとした顔から真顔になったコーウィッヂ。
「魔法の箒とモップなんだ。
 それぞれ人格があるんだよ」
 これでいいかな、的な。
 魔法の箒とモップってなんじゃそりゃ。
 そんなんありか?
 確かにユンが一緒に仕事をするうえで必要最低限の説明にはなっているけれど、コーウィッヂのこの『当たり前じゃん』な反応は何なのか。
 疑問に思っているユンを不思議そうにしていると、足音がする。
 コツコツと石材に靴底が当たる音。
 よかった、人間だ。
 入ってきたのは男の人。
 ただし、なかなかパンチの利いた見た目だ。
 黒っぽい肌に長身で筋肉質、体格良し。
 コーウィッヂと同じような服装だけれど、体力仕事が多いのかそれなりにヨレている。
 ヒヨコのようなクリーム色の髪。
 左サイドは刈り上げて剃りこみを入っており、残りは伸ばして右側に流していた。
 綺麗に楕円の顔で、目は大きくて、右目は茶色だけれど左目は青い。
 年齢がちょっとわからないけれど、30代か40代じゃないだろうか。
 そして一番のポイント、鼻が削げていて無い。
 戦で無くしたか、病気か。
 でも今のユンにとって大事なのはそこではない。
 その人物はじっとユンを見て、
「ジー…っス」
 ちょっとくぐもったような活舌の悪い声で軽く会釈する。
「ユンです。よろしくお願いします」
─────ジーっス…って、あれっ? もしかしてこれ、名前?
 『じい』ではなかったのか。
 どうりであんな長距離馬車の運転ができるはずだ。
 ユンは屈強な男を見て納得した。
 対するジーは箒とモップを見て、そしてコーウィッヂを見ている。
「説明したのかって?」
 コーウィッヂに聞かれ、ジーはうなづいた。
「したよ!
 ねっ!」
 コーウィッヂはユンに話を振った。
 ジーはユンを見て、またコーウィッヂを見た。
「説明、足りない? どんな説明したのかって?」
 ジーはうんうんと頷いている。
「魔法の箒で、人格があるって。
 ね? してるでしょ?」
 ジーが盛大に首を横に振った後、ユンを見つめた。
 心配そうだ。
─────よかった! この人はまともだ!!
 ユンが内心歓喜する中、コーウィッヂもこちらを見ていた。
 さっきの箒みたくちょっとしゅんとしているような。
 元が美少年なだけに相当かわいい。
 きっとジーがボディーガード兼任なのだろう。
 行きがけから気になっていた雇い主の身の安全について大安心したユンは一瞬、魔法の箒とモップを忘れそうになったけれど、
「そっか…。
 そういうもんなんだね。
 じゃあもうちょっと細かく説明するね」
 コーウィッヂはジーに促された通り気を取り直していた。
「ちょっと特殊な魔道具でね。
 友達からもらったんだけど、そいつ曰く、魔女バーギリアのものだって話なんだ」
─────ま~た変なやつでてきた…
 次から次へと何のトライなのか。
 魔女バーギリアといえば、『魔女バーギリアとおかしな森』で有名なお話の主人公だ。
 小さいころに村に来た紙芝居屋さんがやっていた。
 確かにおしゃべりできる魔法の箒とモップが出てきたけれど、まさか実在するわけがない。
「お伽話ですよね?」
「なんだけどね。
 実在したかもって話は昔からあって。
 本当にそうなのかはまあ、ね。
 このコビとシロヒゲの場合、正面に名前が書いてあるんだ。
 ほら」
 箒・コビとモップ・シロヒゲはずずいっとユンに近づいた。
 柄のこちら向きの、ちょうど手垢でやや黒っぽくなっているその場所。
 確かに『バーギリア』と彫ってある。
─────胡散臭ぇ…。
 淡々とした雇い主の説明だったが、まあそれが事実かは置いておくことにした。
 ただ、とにかくこの『二人』は意思疎通が取れるということだけは、もう納得せざるを得ない。
 箒とモップ的には今のコーウィッヂの説明にくるくるしたり前後したりしている辺りが多分相槌なのだろう。
「でもよくそのご友人の方、譲ってくださりましたね」
 もしその話が本当なら世の中がひっくり返る。
 売ったら桁違いの額に…。
 自分が垂れそうな涎を抑えてそれを商人に売るところをユンはついつい想像してしまった。
 コーウィッヂは何か思い出しているように遠くに視線をやりながらため息をついている。
「昔色々あって、お金持ちの人の船に乗ったときぶんど…おっと、『譲ってもらった』って言ってた」
─────聞いたぞ。
 いわく付きどころか犯罪絡みの品じゃないか。
「そいつ魔法使いなんだけどさ。
 自宅で保管してたら勝手に掃除しだして、いろいろ危なかったらしくて」
「進んで綺麗にしてくれるなんて、ありがたい気がしますが…」
「薬の破片とか妙な液体とか、いろいろ床にこぼれ落ちてるからさ。
 そういうのがいい感じに集まって、その上にたまたま呪符が落ちたことがあったらしいんだ。
 危うく大爆発だったって。
 幸いボヤで済んだそうだけど」
「呪符ってそんなことになるんですか?」
 魔物避けとかは見たことがあるけれど、爆発なんて。
 ユンはこれも魔法の箒に引き続き、全く聞いたことがなかった。
「僕にも爆発する理屈はよくわかんない。 
 なにせあいつ、変な実験いっぱいやってるからさ。
 とはいえ危ないし、コビもシロヒゲも全然懲りないし、『困ってる』って話聞いて、だったらってことで。
 彼らの細かいいきさつとか仕組みとかは全然わかんないんだけどね。
 でもとにかくまあほんッとーに、助かってるから」
 コビもシロヒゲもさっきまでより余計にくるくるしている。
 褒められて嬉しかったらしい。
 ここに貰われてWinWinということか。
 ただユンとしては犯罪のにおいが気になる。
 前の雇い主同様、給料未払いで夜逃げされたらたまらない。
 でも聞いている限り少なくともコーウィッヂが何かしたわけではない…らしいし。
 ユンは結局説明を聞いて一つすっきりしたけれど、また一つ二つ謎が増えたことに釈然としない気持ちを抱えていた。