昼と夜のデイジー 52

~~メイド長~~
いつから?
勤めだして…そうですね、確か10年目あたりから?
だからもうすぐ、17、8年ってことですか。
え? 曖昧ですよ、そんなもの。
だって言いますでしょ?
十年ひと昔って。
この年ですもの。そんな経ってたらもう覚えてらんないもんですわ。
そうですね、確かにお嬢様がお生まれになったあたりになりますね。
なんでかって…たまたまですよ。たまたま。
もともと家で使う緊急用にと取り寄せておりましたから。
そうですよ。
旦那様が何かあったときに医者に通う時間も惜しいということだそうでね。
それに、医者の判断がいつもあてになるわけじゃないからと。
闇雲に服用しなければ問題ないって医者も許可したんだそうで。
で、私が窓口でしょ?
最初は中身なんて全然わかりませんでしたよ。
でも、ちょっとしたら覚えられますよ、ああいうのは。
図書館というものがありますしね。
通って、合間に…ね。
ふふ…怪しまれるなんてありえませんわ。
なんたって、『お嬢様のため』。
実際覚えといて損なかったですね。
話、持ちかけられたときにね、だから…これは丁度いいと思ったんですよ。
いい小遣い稼ぎで。
だから、そうですよ。
なんでって、そりゃ金が欲しいからですよ。
今はこんな立場ですけど、旦那様はその辺シビアですからね。
ちょっとなんかあったら即、ですから。
年も年だし。
私が勤めだした頃のメイド長も、確かこんな年でやめていった記憶がありますんでね。
退職金じゃちょっと…。
え、ああ、まあ少なくはないですけど。
あるに越したことないですよ。
そんなの、刑事さんだってよっくご存じでしょ?
『お金なんていいの』なんていうのはお嬢様みたいな、お金ってひとりでに増えるとでも思っちゃうようなところで生まれた人だけよ。
アははははっははあァ~…いいいいいイイイああああ~~~---!
がががっきいいいいいいぎいいいいいいいいいいいいい!!!
っつ痛!!
はぁ…はぁ…
ちょっ、やめてよ!
え? 何よ!
…あら、だめ?
そぉ。残念。
精神的に問題があることにしようかと思ったのに。
殺人未遂、か。
そうね。そうよ。
でも、もともと腹が立ってきてたの。
だってずっとオンナノコやってるんだものお嬢様。
私、あのくらいの年の時、とっくに働いてましたよ。
ちっちゃいころはね、まあ子供だから。
でもやっぱり…そうね、 大体3つくらいからかしら。
だんだんこう…生意気になってきてね。
部屋の中ばっかりで、大人ばっかりいるせいか口答えも大人じみてきて。
もうイライラするけど、ひっぱたくわけにいかないでしょ?
雇い主の子供なんだから。
…それはないわ!
一服盛ったのは今回だけよ!
だって、必要ないじゃない?
もともとあんなんなんだから。
え? ああ、それ?
…ああ、もうそうよ!
そうそう!
出先で倒れたのも盛ってた!
どうだっていいじゃないそんなの。
…わかりましたよそうですよ。
二回やりました。
コルウィジェさんになすり付けようとしたのも計画的でした!
これでいいでしょ?
丁度いいタイミングであんな機会があったから、病院に行って薬品切れさせて、そのあとで熱出させて。
普段のあの男の様子からして、なんか隠してるだろうと思って。
運び屋だったのは知らなかったけど。
面識なんてなかったわよ。
だから! あの男が薬の運び屋かどうかなんて知らないから。
私の扱ってた分は普通に荷物で運ばれてたし、量も私が目検で確認してたわよ。
そうなの? あらあら。
まあいいじゃない? 論文の裏取引だって、それはそれで立派な犯罪だし。
二つも手柄挙げれてよかったわね?
親玉なんて知らないわ。
旦那様は、絶対、ないわ。
この手のちょろまかし、あの人、許さないタイプだから。
しかしまあ、お嬢様、頭は悪くないほうだとは思ってたけど、男絡むと変わるもんねぇ…。
ちょっと前まで、『いけませんよ』『次はダメですよぉ~』って、毎回毎回しょうもないことで諭してたのが…。
私としては、あの子が臥せって世話してるときに『ありがとう』って言われる度、虫唾が走るの、全然変わらなかったけど。
知らないって幸せなのね。
私も知りたくなかったわ。
人って優しくないって。
みんな自分のことが大事で、他人といるときはどんなに近しくても何かを奪い取っているなんて。
その意味ではお嬢様は私に多大な利益をもたらしてくれたけど。
どこに?
ふっ…そんなの、遣ったに決まってるでしょ?
借金返すのによ!
昔色々あった馬鹿が残してったやつね。
返し切ったからもう大丈夫。
これから貯める段取りだったのにネ!
ざぁ~んね~ん!
ははははっはぁああああああああああアアアアアああぁア!
はぁっ……。
じゃあ、いいでしょ?
その通り。
同時じゃなくても、その薬品服用中に飲むと、体温が急低下するから。
お嬢様、体温が下がることが昔からあったのでね。
丁度いいと思って。
下手な薬剤師より、私のほうが腕、いいはずよ?
免許取るお金ないからやれないけど。
そう。
そうね…未遂だし。
生きてるうちに出れて、お金貯めれたらそれもね。
まあ無理でしょうけど。
でもいいわ。
身一つだから。
カス野郎に引っかかったのも、あそこで仕事したのも、お嬢様の世話焼いたのも。
それで殺そうとしたのだって、全部私、自分でやったの。
お嬢様見ててね、思ったのよ。
この暮らしより私のほうが、ましだわって。
生まれた家だって貧しかったし、選べなかったこと、いっぱいあったけど、私はずっと、自分でやってきたから。
結果このザマだけど、でもあんなんよりはね。
もちろん、さっきも言ったでしょ?
お嬢様のことは、計画犯行。そうよ。
でも、カッとなってやったのかって聞かれたら、それだってまあ間違っちゃいないわ。
前々からふざけるなと思ってたのか、ぽっと出て、計画的になったって言えなくもないから。
反省? …してるわよ。他の人たちに対してはね。
周りで一緒に働いてくれてた若い子達はだいぶとばっちり食らっただろうし。
なんだかんだで旦那様は長年雇ってくれたわけだし。
奥様もそんなネチネチしない…というかほとんどご在宅でなかったから、そこらへんは楽な職場だったし。
お嬢様も、家庭教師からは逃げたけど、私にはそういうのなかったし。
他の召使いみたいにそういう家庭教師から当たられることも、雇い主に近いからあんまりなかったし。
そりゃ、言わなかったっていうのもあるけどね。
だって『いい人』やってるほうが楽でしょ?
いい顔しておけば、そのほうが、旦那様や奥様に変な告げ口もされないし。
お嬢様やお坊ちゃまに対する教育義務は私にはないし、それで対応として間違ってないから今まで雇われてきたわけでさ。
ろくでなしが二人できて、尻ぬぐいで大変になるかもしれないからって、それはあとに残った人のシゴトでしょ?
お二人が大人になってここを継ぐころにはもう、いないはずだから。
知ったこっちゃないわ。