新説 六界探訪譚 14.第六界ー8

鼻を啜ること更に数回。
そういえばこのダイニングテーブルが家のだとしたら、天板の裏にティッシュボックスを下向きにくっつけてあったはずと気づき、ティッシュを何枚か取り出して鼻を思いっきりかむ。
前に頭を動かしたらヘッドライトの光が急に気になった。
電源をOFF。
じいちゃんの声にも慣れてきたし。
丁度涙も乾いてきた。
これが、俺の『中』。
楽しげな盆踊り。
道すがらと同じようにランダムに輝く三色のLEDの光に包まれた俺の顔見知り共は、パパンパンと手を打った。
桜の花弁が舞い散る。
洋服でも制服でも着物でも浴衣でもなんでもいい。
そう、みんな、俺の。
「なあ」
びっくりして声の主の方を向いた。
コウダ。
ああ、存在忘れてた。
多分袖でこすって赤くなってる俺の目を見る。
んんっと唸り、また前を向き、俯き。
「何?」
「あ…いや」
頬をぽりぽり掻き、首を揉み。
これまで見てきたコウダの挙動不審な身振り、全部ダイジェスト的な。
唇も噛んでる。
そしてまた、俯き、片目を瞑り。
最後小さく頷いたら、俺を見据え、
「一個、言っていいか?」
真剣だ。
なんだろ。
このあとずっとこの調子でグズグズされると嫌だなぁ。
スッキリしとこう、お互いに。
「いいよ」
コウダは息をスーッと吸った。
そして、真正面を向いて、おもむろに。
「全体的に、バカっぽいな」
バカッポイ。
ばかっぽい。
馬鹿っぽい…。
いやいや、待て待て。
非道いな。
そんなはず…。
冷静に。冷静に。
今一度広がってる光景に目を向けてみよう。
赤・黄色・緑のでっかいLEDがパカパカと点いたり消えたり。
季節外れの桜はおかしな色に下から照らされ、寂れたのテーマパークの造花のよう。
素人っぽい炭坑節を踊る面々は裸足で、衣装もばらばら。
取り敢えずテンプレ笑顔を作ってテキト~にラク~に踊り。
真ん中のボール紙製モニュメントの角を止めるセロハンテープは劣化して黄色っぽい。
地面の基板は比較的綺麗なものの、ところどころ割れたり擦れたりヒビが入ったりして、何で点灯してるのか怪しいレベル。
不思議な力か? そうだろう。それ以外何があるって言うんだ。
そして仕上げにじいちゃんの調子っ外れな歌がナイスミスマッチ…。
…そんな。
そんな馬鹿な!!!!
コウダの指摘がぴったりじゃないか。
どういうことだ!?
愕然とする俺の様子にコウダは自信を深めたようだ。
ここぞとばかりにまくし立てた。
「今迄ずーーーっと、こいつバカなのかな、多分バカなんだろうな、と思ってはいたんだ。
最初も『見るな』っていったらガン見するし『振り返るな』って言ったら振り返るし。
忠告したことしたこと片っ端から聞いてねぇ。
いや違うか。聞いたと同時に逆の耳から抜けてってる。
その調子でアンドウさんのこと同じように色々ガン見したんだろ。嫌われてて当然だ。
比べるとまあ彼は彼でアレではあったが、『中』のサトウくんのあの指摘、最もだったな。
あのとき上手く抜け出せたのは奇跡だったと思う。お前が案出してくれたのも確かに有益だった。
ただそれでうまくいって安心したら、ムトウさんときはドジ踏みまくりで、ほんと細かくイチイチ『間抜け』だったよな。
『ま』があるのにどういうこったろうなぁ?
で、ニトウさんだろ? 全然いけてそうな回だったのに。
最後の最後できっちり返事しやがって。『返事するな』ってちゃんと言ったぞ俺は。
それでも出てこれて、これであとはムカイくんかと思ったら『待ってくれ』。
待ってやった挙句出てきたのは『自分の「中」に入る』。
こいつ頭沸いてんのかと思ったマジで。
それでも、これまでは、多少は脳味噌あんだろと思ってたんだ。それでもな。
サトウくんの『中』見てあの状況で中二病とか評価してたとことかな、ああそうだ。
でも今回『中』に入って確信した。
あのボッロイ電車といい、わかりやすい巨乳の車掌さんといい。
階段とかパーツパーツもご近所感出過ぎだし。
個人の人格ってもんが分かってねぇ、表面的なキャラクターしか見てねぇとしか思えんこの踊り手共もそうだ。
B級映画かってくらい出来過ぎ設定オンパレードでチープ。
本当に予想通り、『中』で勉強したコレヤバイ系忠告に関わるとこ全部詰まってるし。
自分から他人に突っ込んで関われない。
興味ないことは聞いてない。
駄目だって止められたこと全部やっちまう。
いろんなとこが雑なくせしてやりたいことはやりたい、欲しいもんは欲しい。
お前の性格、よーく出てんじゃねぇか。
とにかく考えてねぇ。
やっぱ、バカの『中』はバカっぽい。
真理ってこれな」
そこまで言う事ないだろぉー…。
考えてなくは…なくは、ねぇし。
ガチで鬱憤晴らししやがって…。
あー…。
コウダの顔を見たいような見たくないような。
でも一応見とこうと、横目。
…まあ、予想通りの。
スッキリツヤツヤで目一杯ドヤ顔。
…ケッ!!!
こんなときに今迄溜め込んでたの一気に吐き出すって、どんだけストレス糞詰りさせてんだ。
させたのが主に自分だと自覚しつつも、後ろめたさにムカつきが勝った。
コウダは、もうドヤ顔じゃなくなって、スッキリの揺り戻しなのか呆けたようになってる。
そしてボソッと聞き捨てならない言葉を吐いた。
「俺が中2の時って、こんな馬鹿だったかなぁ…」
「知るかよ」
てか多分そうなんじゃねぇの!?
昔はそうでも、どっからかオトナさまにおなりになると上から目線、世の中そういうもんらしいじゃん!?
思わず毒づくと、コウダは引き寄せられるようにぼーっと俺の横顔を眺めてる。
喋りたくなくて盆踊りを見ても、湿気たコロッケと未だに湯気が経ってるご飯と唐揚げを見ても。
ムカムカが一向に晴れない。
俺的には全然…全然これで良かった。
想像に過ぎなかったいろんなのを、この目で観ることが出来て。
今迄の俺のいろんなことが思い出せ。
じいちゃんの声まで聞けた。
言われなきゃ気付かなかったのに。
そんなの、ほんとよかったんだ。
くそ。
くそ…。
「あと何分」
腹立ち紛れ。投げ捨てるように聞くと、
「あと1分。
…出るぞ。
ここの、腰のあたりの高さにコソッと貼って、俺から出るから。
お前は後でまた入った時と同じようにしてくれ」
「ん」
ぞんざいな返事でダイニングテーブルに肘を着いて手に顎を載せて薔薇を見る。
コウダはそれに手を伸ばしていた。
戦利品にするつもりか?
無闇に手出ししていいのかよ。
今回ハイリスクなんだろ? やべぇんじゃねぇの?
忠告しようかと思ったけど、やめた。
勝手にしろ。
知ったことか。
コウダの手が薔薇に触れた。
「ぁあんっ…!」
なんだこのエッチな感じの声。
ひとりのじゃなくて、何人もの声が混ざったような。
その声の主、薔薇を凝視した。
「うあ!!!!!」
え?
叫びは隣から。
隣?
シュンっと風切り音を立てて、紫色の何かがコウダを持ち去った。