新説 六界探訪譚 14.第六界ー10

俺二号は浴衣の袖についたカスタードの塊を手で拭いて、俺に投げつけた。
明らかに俺の顔を見据えて。
その塊は明後日の方に飛んでった。
間違いない。このノーコンぶり。
こいつは俺だ。
当てれなかったせいだろう。俺二号は一瞬やっちまったって顔したあと開き直った様に笑顔に戻った。
やっちまったって顔が、普段俺がやっちまったときも多分こんな顔してるんだろうな〜ってイメージから一歩も離れてない。
実際にはたから見た俺の顔がこんなんなってるのかは知らないけど、俺二号がどういう心境か手に取るように分かった。
だって、俺だから。
でもなー…。俺の中のイメージの俺なら、もうちょっとスーパーな奴になってたっていいんじゃねぇか?
こんな時なのに何でリアルとアビリティ変んねぇの??
あー、でもそういや俺、あんまそういうの考えたこと無かったな。
できないも〜んとは思うけど、『できてる俺』像を想像してみたこと、ない。
想像つかないから。
『そーいうのできちゃう奴って時点で、もうそれ俺じゃなくね?』とか思っちゃうから。
だとすると不幸中の幸い。
こいつなら殴り合いしたら勝てるかもしんない。
多分能力値は他の奴と違ってフツーだろう。
話もできるかも。
「コウダを離せ」
俺二号は首を横に振った。
一歩近づく。
「離せ」
また首を横に振る。
笑って。
右手が俺二号の浴衣の襟を把む。
思いの外簡単に出来た。
浴衣の前が軽くはだけそうになる。
「あァア゛っ!」
上空から濁った叫び。
見るとコウダの頭をじゃんけんグミの親指が横から押してる。
多分、いや絶対、首ストレッチとかじゃない強さで。
俺二号の襟から手を離すと、じゃんけんグミの親指はコウダの頭から離れ、コウダの頭と平行に縦に真っ直ぐ伸びた。
スタンバイしてますってか。
俺二号は襟を正して笑ってる。
ニヤニヤではない。
にっこり。あくまでも穏やかに。
そしてまた合わせ目から、学校の課外学習で行った科学館のお土産の付箋に、いつも使ってるシャーペンを取り出した。
そこに何か書いて。
その書いた文章を俺に。
『じゃんけんしてそっちが勝ったら離す』
は?
「おいちょっと待て」
話し合う余地ねぇのか。
ちゃんと、事情をお互い説明して。
言葉ってもんが。
いや、せめて普通こういう最終決戦的なのでそんなん違くね?
バトル展開でもこいつの能力値だったら五分五分。俺でも勝てるかもって思ってたのに。
あ、でも五分五分なのってじゃんけんでも同じか。運任せだもん。俺同士だし。
同じならどっちがいい?
…決まってる。
痛くないほう。
そうかこいつ、そのへんの発想も全部俺か。
「じゃん、」
俺二号がだした第一声は完全に俺のーー俺が聞いてる俺のーー声。
他人が俺の声で話してる。他人じゃないな。俺だ。
これ、出さないとダメなのか?
「けん、」
俺の戸惑いなどお構いなしに俺二号は続ける。
俺が俺の前で俺の声で俺の意思とは無関係に。
…気持ち悪ぃ。
てか、俺勝負する気ないから。
「ぽん」
向こうはチョキ。
俺は出してない。
ふざけんな。
何でお前のやりたい路線に乗っかる必要があるんだ。
「やめ、やめろって」
上空からの声。
その方向を再び見遣ると、親指はまたコウダの頭を押してる。
多分さっきより軽目に。
「やめろよ!!!」
今度は俺が、俺二号に言う番だった。
俺二号はまた付箋に書いた。
『次から本番』
袂に付箋とシャーペンを仕舞う。
まさか。
俺が勝負しなくても、コウダを殺すって言ってんのか?
「マジやめろ」
相変わらず笑って。
この分だと、俺が負けても同じ事する気なんじゃ。
こいつが俺なんだとしたら。
「じゃん、」
絶対そうだ。
俺は知ってる。
自分がそういう、狡い人間だって。
相手に他の選択肢がないって分かってたら。
自分にイニシアチブがあるって分かってたら。
自分の為に。
自分がやりたいことをするために、そうする人間なんだって。
「だめだそんなん」
「けん、」
ああ、でも、もう。
「ぽん」
パー。
向こうもパー。
あいこ。
「じゃん、」
もう次かよ。
「けん、」
構え。
「「ぽん」」
またパーとパー。
「「じゃん、けん、ぽん」」
チョキとチョキ。
あいこ。
あいこならいい。
コウダに被害はない。
勝てるともっといいけど。
それは運だけだ。
「「じゃん、けん、ぽん」」
グーとグー。
またあいこ。
手に力が入る。
でも汗が出ない。
あんなに今迄走ったりした時は汗だくになったのに。
「「じゃん、けん、ぽん」」
チョキとチョキ。
まただ。
でも、次がある。
勝つためには次を出さないと。
勝負しないのもアウトだから。
勝負しないと勝てないから。
「「じゃん、けん、ぽん」」