新説 六界探訪譚 13.気違いじみたゲームー4

「それって、そんなにまずい?」
だって、俺の思った通りのものが全部あるところだろ?
俺の欲しいもの。
俺のやりたいこと。
全部出来るんだったらむしろユートピアなんじゃね?
コウダはじっと俺を見てる。
「まあ…お前の年じゃ感覚わからんだろうがな。
永遠なんて人間が耐えられる時間じゃないんだ。
今生きてるこの現実世界はお前を置いて普通に時間が過ぎて行く。
お前を忘れて、お前から切り離れてな。
『中』に入った時の状況次第ではあるが、遅かれ早かれ精神が持たなくなるだろう」
水を啜りながらぼそぼそと口走る。
ふーん。そお…。
コウダがビビる理由がわからん。
今までと何が違うんだ。
俺が消えないってだけじゃないか。
「お前の『中』に入るのは、ムカイくんで試してみてダメだった時でもいいだろ」
「そういうのが嫌なんだって」
保身のために他人を踏み台にするってのがさ。
舌打ち交じりで悪態のように反論すると、
「お前の身の安全を考えた結果だ。悪く思うな」
「勝手に俺が同意したことにしようとすんな。
俺は、嫌だ。
てかコウダの言う『六界探訪譚』に書いてあるなら、俺の『中』に入らない限り効果がないかもしれないじゃないか。
寧ろ向井で試すのは、俺でダメだったあとってほうが正論じゃね?
『六界探訪』だと『中』に普通にはいるのだってハイリスクなんだろ?」
悪くない理屈だったようだ。
ぐっと押し黙るコウダを見るのは気味がいい。
それでも、と思ったんだろう。
「…だめなもんはだめだ」
コウダは理屈にならない理屈を口にした。
「俺だって嫌なもんは嫌だ」
ぜってぇ負けねぇ。
等間隔に響く時計の秒針の音が、容赦なく時間の経過を俺達二人に突きつける。
ガタン
コウダが立ち上がった。
「木曜日、靴屋の角」
「木曜日、ここ」
座ったままコウダを下から睨み上げた。
握られたコウダの拳は、強く握り過ぎてるせいか血管が浮き出し、白っぽくなってる。
中学生の手ではなく、大人の男の手だった。
「靴屋」
「ここ!」
コウダはバッと踵を返して大股でドスドスと玄関に向かう。
座ったままその後ろ姿を見続けると、玄関を開けて振り返ったコウダと目があった。
「来いよ!」
叫んで、乱暴に扉を閉める。扉は閉まらずにはね返った。
それを閉めにコウダが戻る様子はない。
立ち去る足音が聞こえなくなったところで扉を閉め、戻って来てまた、ダイニングテーブルに座り直し。
麦茶を飲んでも飲んでも、心臓のバクバクが落ち着かない。
収穫1つ。
俺IN俺は出来るってことが分かった。
課題1つ。
結局次どうするか決まってない。
はぁーっとため息をついても、課題は解決せず。
その日はその後フツーに過ぎたものの。
翌日も課題は当然解決せず。
代わりに、全然別の問題が発生してしまった。
「ただいま」
お、珍しく早いじゃんか親父。
てことは珍しく二人で囲む食卓。
二人分を一気に仕上げ、ダイニングに並べて着席すると、
「そういや、真宏、そろそろ三者面談とかある時期じゃねぇか?」
「…ん」
「日にち、教えてくれよ」
「ん。連絡来たらね」
生姜焼きをわざとらしく口に目一杯突っ込んでもしゃもしゃしながら返事をごまかす。
親父は俺がごまかしてるのに気付いてるのか気付いてないのか、同じようにもしゃもしゃしてる。
心の中で返事をした。
まだ連絡はもらってない。
詳細日程のプリントは明日配るって言ってた。
話の内容は多分、この前の進路希望調査票になるだろう。
あのとき苦し紛れに書いた内容が親父に展開されるわけだ。
なんて言われるかなぁ。
あんまり普段どうこう言わないほうだし、考えて書いてれば別に何も言わないだろうけど、『テキトーに埋めた』という事実がばれればお説教コースかもしれない。
そんなことを考えてたせいか口がお留守だったらしい。
「ちゃんと噛めよ。
タダでさえ最近なんかお前溜息多くなってて気持ち悪ぃんだから」
思わず親父をガン見。
親父はきょとんとしてる。
「自分で気付いてなかったのか。
土曜日どっか出かけて帰ってきた後とか、ここ1ヵ月足らず特にな。
なんかあったなーたぁ思ったが。
女の子に話しかけるなんて出来るわきゃねぇからフラれたってのじゃねぇだろうし、どーした。
またなんか友達と揉めたか」
図星が痛い。
友達ではないけど概ね正解なのも。
女子に話しかけるなんて俺に出来るわけないっていう確信も。
なぜだ親父。
そんなに俺、親父と喋ったりしてねえのに。
そう思ったら余計に口を割りたくない。
どうやらそれも理解されてしまってるらしく、親父は黙りこくったまま飯をかっ喰らった。
一人手を合わせ、流しで茶碗を洗う背中を凝視しながら、聞こえないようにぼそっと悪態をついてみる。
「くそったれ」
声に出してはみるものの、聞かれて切れられるのはやっかい。
ここでデカイ声出してやり合うのはバカらしい。面倒臭い。
そう思っちゃう俺と比べて、矢島は…。
ガチで親と進路絡みでやりあってるらしい矢島は、遥に俺より高い所にいるように感じた。
多くなってると指摘された溜息を出さないように飲み込んで、食い終わった茶碗を洗ってる親父の手元に突っ込む。
自分一人分だけ洗い終える直前に増やされて多少むっとするものの、そのまま片付けてくれたあたり、機嫌は悪くないな。
じゃあよし。
階段を上り、部屋に戻って電気をON。
仏壇の遺影のじいちゃんは笑っていた。いつも通りだ。
じいちゃんと親父もこんなやりとりしたんだろうか。
いや、してねぇな。
断言していい。全部この手の話はばあちゃんだったはず。
でも意地の張り合いみたいなことはしてるだろう。
俺が思ってるじいちゃんは、やりたいことをやらずに我慢するタイプじゃなかった。
親父もそうだ。
なんかあったら確実にぶつかってる。
母さんは?
母さんはもっとだ。
そしてもしその全員にそれぞれ今の俺の状況を相談したら?
全員俺のやろうとしてることを全力で阻止しにかかるだろう。
でももし、その3人が俺と同じ状況になってたら。
こうしたいという意思を持ったなら。
やることは全員、俺と同じだと思う。
鞄の教科書を入れ替えながら、心に誓った。
木曜日、意地でも行ってやるもんか。