弐藤さんが俺を見てる。
「相羽くん、大丈夫?」
息切れに気づいてのことらしい。
全力疾走したわけじゃない。
でも深呼吸しようとしても、途中までになってしまう。
「…だいじょうぶ」
なんとか声を出すと、弐藤さんはそのまま道の向こうに立ち去っていった。
「嘘付け」
コウダはお見通しだ。
弐藤さんのあの言葉。
多分、俺が言う前から、誰かがそんなことを言ってたんだろう。
そして俺の一言がダメ押しになり。
その後、たまたまいじめに発展したのかもしれない。
それにしたって。
「俺…俺…」
俺は何で大丈夫だと思ってたんだろう。
聞こえてないからいいとか。
悪意がないからいいとか。
自分だって言われたら嫌なこと、いっぱいある。
目付き悪いとか、何考えてるかわかんないとか、喋らないとか。
もしかしたら言った人間は只の感想だったかもしれなくても。
嫌だったじゃないか。
『中』で謝ったってどうにもなんない癖に自己弁護までして。
しかも弐藤さんは『相羽君だから』って。
俺が、『思ったことを言う』。
そういう人間だから。
「今日はしっかり休めよ。土曜日、忘れるなよ」
重い脚を下校する生徒が減った道沿いに動かす。
何処歩いて帰ったのか覚えてない。
気がついたらダイニングで椅子の上に体操座りして麦茶を飲んでる状態で。
時計の音に気付き、外が暗くなってたからカーテンを閉める。
元々薄暗かった室内が更にカーテンで暗くなった。
電気つけなきゃ。
つけたら部屋は、明るくなる。
昼白色のはずなのに暖かみを感じられない光。
誰もいない部屋。
俺の思った一言は、弐藤さんの人生を曲げた。
宇宙に過剰な興味を持つようになったのは…。
夢を与えた?
そんなんじゃないだろう。
もし俺が言わなかったら。
誰かがそのうち言ったかもしれない。
でも弐藤さんはもっと違う将来像を描けたんじゃないだろうか。
料理上手いから料理人とか。
数学得意だから同じ学者でも数学者とか。
なんだってあったその木の幹の一本だけが異様に太くなるようにしたのは俺だ。
弐藤さんの今後に、それ以外の道はあったろうか。
わからない。
元々弐藤さん自身、陰キャ自覚はあったろう。
そこから派生する将来が、陽キャに寄ってくのが難しいだろうってのだって、多分分かってるんじゃないだろうか。
だから、そんなに突飛な方にーー例えばハリウッドで女優になるとかーーは有り得ない気がする。
でも俺が『宇宙人』って言わなかったら?
それは俺が、もしもっと裕福だったら、スパイク買って陸上部に入ってたかってのとちょっとだけ似てるけど。
決定的に違うのは、トリガーが外部環境じゃないってこと。
俺が、言う、っていう事をしなかったら。
思ったことを言ってなかったら。
でももう遅い。
手遅れだ。
どうしたらよかったんだ。
だってそう思ったんだ。
似てるなって。
ただ確認したかっただけだったんだ。
俺と同じように、他の奴にも見えるのかなって。
そしたらちょっとだけ嬉しいと思った、それだけだったんだ。
弐藤さんと話せばよかったのか?
そんなことできっこないだろ。現実問題。
話したところで、弐藤さんになんて言う気だ?
『ごめん』って?
今更だそれは。
それでも、話をしていれば、弐藤さんから言葉が聞けただろう。
それこそもっと今更だ。
『中』見てないふりしてしれっと聞くなんて、できるかよ。
いや…でもそのほうが優しいのか?
違う。保身だ。自分の保身だ。
罪悪感を狡く紛らわすそれだけ。
あのとき『中』から出て何が一番キたかって。
弐藤さんがそんな俺に優しかったことだった。
『大丈夫?』ってなんだ。
なんなんだよッ!!!!
思いっきり膝で蹴っ飛ばす。
壁を。
バキン!!!
っってええええええ!!
凹むように割れたベニヤ板の棘が刺さった。
膝蹴りした膝がダメージ100000。
赤く膨れた上に2本ほど太いヤツが…。
もう、ったく!
ベニヤ板はめっこり凹んでる。
当然土壁もイってることだろう。
あーーあーーアーーー…。
しゃがみ込んでその太いの2本を抜いた。
まだちっちゃいのが残ってんな。ちくちくする。
マジ何やってんだ…。
ちくちくするまま畳の上で大の字になる。
膝を伸ばした瞬間ちくちくが増えたけど、動かなかったらすぐ無くなった。
馬鹿。
馬鹿だな、俺。
馬鹿だなーーーーー。
蛍光灯を見る。
光それをガン見した後瞼を閉じると、輪っかになった残像が瞼の裏でちらついた。
起き上がって目を開けると、壁の凹みが真正面。
見たくなくて階下に降り、降りたついでに残ったちっちゃい棘と格闘。
消毒ーーモキロンのプライベートブランドの類似品でーーしたらしみた。
膝蹴りはマジで多角的に馬鹿だった。
あの壁どうすんだよ。
ポスターなんてないぞ。
なんとか親父が帰って来る前に隠す方法思いつかないと。
考えていても出て来るものは何もなく。
寧ろ腹が減る。
あ、やっべ!!
まだ晩飯の仕度してねぇ。
時計の針は19時半。
冷蔵庫のドアをあけるも、何もない。
そうだよ今日買い物して帰る予定の…。
だぁぁぁ…。
冷凍庫を開ける。
あー、これしかないかぁ…。
冷凍炒飯。しかも1人前。
そして冷凍しといた白飯。こっちも1人前。
うー、よし。
これ二つ混ぜて二人前ってことにしとこう。
味濃い奴だし、いけるだろ。
あーでもな。明日の弁当…もうしょうがない。
朝おにぎり握ってってもらうことにして、米だけ炊いておこう。
ふりかけあったか?
…確か体育祭前の特売の時に買い置きしたのがあったはず。
棚の手前を避けて奥を漁る。
頭の中の壁の凹みも他の凹みもかき分ける手でどこかに避けられて行った。