新説 六界探訪譚 12.第五界ー11

「ヨくにぃてるとおもたんだけだけダケだけだけど、まっちちちがえてしまったノカッカアッカ」
ポインターは当たってるので誰かいるのは分かってるけど、目はしっかり見えてないってとこか。
あれ? でもここ『中』だろ??
なんで声いつもどおりなんだ?
コウダは準備だけして俺に耳打ち。
「知り合いか?」
万全を期すため手を口元に添えてコウダに耳打ちリターン。
「弐藤さんの声なんだ。普段聞くのと同じなんだけど」
コウダさらに耳打ちリターン。
「ロボットの開発に弐藤さんも多少関わったって解説に書いてあったからそれだろう。
外部録音した声が出るということだ。
ただ…可能性は低いものの、これが本人かもしれん。
本人の意思をコピーした分身という位置付けだとそうなる」
「またマちがえちゃっタった」
こちらの話は聞こえてないっぽいけど…。
「わたたすは、弐藤おおおう、紗莉ーりー莉惟。
わたっしの、は、造られた。
にっとお紗莉イリり惟はかは博士のコピぴぴぴー。
わわたっしししのちちちちち知能ノウノウは、はかかはせににになるるるるようににつくくくらららられえええっったああ」
たぶん弐藤さんをモデルにした人工知能だって言ってるんだろう。
だーいぶ聞きにくいけど。
そして放置して通りすぎるには多分、コウダがゲートを遠慮無く出して待機してるあたり、たぶん、
「あと何分?」
「5分ちょい」
じゃあ止まって聞くほうが安全か。
このロボットが本人のコピーであることが否定出来無いって怖さはあるけど。
「えエエーーーあいいははははぁ、旧ううし式のキョキョキョ教師ありりり。
特徴うう量りりよよののこせ個性りり領域おのき教師ししととして、数学的的的的フロックコートっをを被せたののが弐とと藤はは博士せせ。
でもきき旧しし式きであるたっめめっめ、とっ特徴りりょおううにならない部分あアアンフォルムぅぅぅな、す数学的てて的フロックコートとからはみででたもののはわ私ぃしにはに認識キ範囲外。
だかっから私ししはにん人間ではななくく、人間ににはなれないいい」
…初めての経験。
日本語なのに、何語かわからん。
聞きづらいからもあるにはあるけど、文章の形に何となく組み立てることはできる。
でも、その肝心の文章の意味がさっっっぱり。
なんのこっちゃ??
「コウダ分かる?」
「俺に聞くな。言ったろ。勉強は嫌いだった」
「学校行ってないだけじゃないのかよ」
「行けなかったし興味も無かった。状況と関心の一致ってやつだ」
小声だけど力強い御言葉。
自慢にならねぇだろ。
でも、このよくわかんない難しい感じ、国語の授業であてられて先生に辟易されたときの弐藤さんと似てんだよな。
弐藤さんのエッセンスが詰まってるってとこは確かに。
「タクシーのときみたいに質問に答えるなよ。やばいからな」
耳打ちの内容を聞こうとするかのように箱は一歩俺達に近づいて、その胴体を俺とコウダの顔に向かって斜めに上げた。
レーザーは俺の額の傷に当たった。
かしゃんとその四足動物ーー生き物じゃないけど…動く物だし動物でいいか? いいや今はーーの前足から音がする。
「でももわ私は、弐藤紗莉り惟は、弐藤紗莉惟博士せにっま任されえたた、証明するぅといぅう仕事ガがあああアる!」
力強く語尾を言い放ち。
そこから続いて発せられたキーワードは、これまであんなにどもっていたのに何故か急に明瞭になった。
そしてそれは、とうとう俺が蓋をしてきた汚濁の塊を解き放った。
「『弐藤紗莉惟は、宇宙人ではない』」
え。
「『弐藤紗莉惟は、宇宙人ではない』」
そんな。
「『クラス殆どの人間がそう口にしているが、その殆どは、やっかみだ。
例えば、私が動じないから。変えようがない自分があると認識し受容しているから。
また例えば、それは私が塾などの教材を利用せず、一部の成績が飛び抜けて良いことへの。
でも、ごく一部、それに当てはまらない人間達からの、指摘があった』」
やめてくれ。
頼む。
祈りにも似た懇願は通じなかった。
「『相羽君は、思っていないことは言わない。
他人を揶揄する性格でもない。
成績にも興味がない。
だから、恐らくそれは』」
足元がふらつく。
もう出ちゃダメか?
コウダの様子を伺いたいけど、目を逸らすのもできなかった。
「『只単に、私の容姿が、相羽君の中で『うちゅうじん』というシニフィアンで示されるシニフィエに該当するという分類学的なことだったろう。
そのとき気付いたのだ。
やっかみの心情を保持している人間達も同様のシニフィアンーシニフィエがある。
それを私をいじめる正当な、いや、悪意がないと弁解することができる大きな後盾にしているのだと。
でも、弐藤紗莉惟は、宇宙人ではない』」
もう一回続いた。
「『弐藤紗莉惟は、宇宙人ではない』」
聞いてたんだ。
あのとき。
俺がぼそっと言ったあれを。
何で聞こえてたんだ。
「『相羽君と話す機会があったら聞く』」
俺が侵入者だって気付いたのか?
「博士せせせいいい言っっった。『私は、宇宙人ではないが、なぜそう言ったのか』。
『海老原先生は、「そういう類に大した理由なんてないよ。気にしない気にしない」と言っていたけれど』。
『それは確かに的確であり、一時的に自分の中に常日頃から微量に存在する何かの発現に耐えしのぐことを可能にするけれど』」
気付いてはいなさそう。
でも、恵比須に相談したのか。
あんな、相談相手になりそうもないやつに。
この口振りだとたぶん、そうと分かっていながら。
それでも相談したのか。
そのとき何かが俺の肩を叩いた。
振り向かないまま、耳元息遣いを感じる。
「あと3秒。答えるなよ」
でも。
四足動物は徐々に早口になっていく。
あわせて起こる声の変容は、四足動物がこの『中』での弐藤さん本人だと示していた。
「弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない弐藤紗莉惟は宇宙人ではない」
それでも、俺、無理だ。
「ご…ごめん弐藤さん、俺そんなつもりじゃ」
弐藤さんの声はその刹那、泣き叫ぶような耳を劈く聞き慣れない声に変容した。
「私宇宙人じゃない!!
宇宙人じゃないよぉーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
暗黒の空がそのまま灰色の大地を包んで暗転し。
本能のまま踵を返した自分の両足に救われ、コウダに続いて逃げるようにゲートに飛び込んだ。