原口は立ち上がった。そして金髪に話しかけた。
「最初から全部、もう一台のスマホで録音されてた。
今後なんかあったら訴えるって」
「んだよ!! ソッコースマホ割りゃよかったろーがよ!!」
「見た時はクラウドにアップしたあとだった。履歴画面だったんだ。そこから再生されて…」
金髪は歯噛みした。そして一旦口を開き、深呼吸してまくし立てた。
「じゃあよ、和也先輩んとこ、いこうぜ。あの人親、弁護士だし、専門が学生の非行とか系っていってたろ。
うまいことやってくれんじゃね? 辛気臭せぇ顔すんな。なっ!」
乾いた笑いで必死に剃り込みに声をかけるが、うつむいたままだ。
溜息交じりの原口は畳かけた。
「だめなんだよ。
和也先輩、知り合いだって。先輩の親、あいつの親の部下なんだってさ。
学生時代からの知り合いで、家族ぐるみの付き合いだって、ご丁寧に写真まで披露してきた。
確かに、和也先輩と、和也先輩の単車だった」
吐き捨てるように締めくくった原口に、剃り込みはうつむいたまま沈黙を破った。
「なあ」
二人が剃り込みの方を注視する。
「ここでは、なにも、なかった」
言い切った。
そして体を2人の方へ向いて、シャツを捲りあげてもう一度。今度は原口と金髪の方を向いて。
「なかったよな」
泣き顔だった。
それもそのはず。
胸の中心、掌打が当たったところはまだましだ。
脇腹の一箇所がアザになっている。硬いもので思い切り突かれたような。
恐らく金髪にも似たような痣ができているのだろう。
「誰になんて言うんだよ。
『中学入学したてのチビでした。因縁つけたのは自分たちです。先に手を出したのも自分たちです。えーんたすけてー』か?」
原口と金髪は二人してそれを凝視した。
剃り込みは立ち上がり、脇腹を押さえる。
俺行くわ、と一言して佐藤が進んだのと同じ方向に歩んでいった。
金髪は足を引きずったまま、黙って同じ方向に。
とうとう原口も立ち去り、その一角からは誰も居なくなった。
コウダは他に佐藤ーーこれ以上おかわりとかいらないーーもいないことを確認したようだ。
「行ったな。道に戻ろう。
で、あの3人だが」
およその素性を話すと、
「じゃあサトウくんが今の裏番ってわけか」
「今見たのが実話ならだけど」
「ほぼ100%実話だ。
本人が楽しそうじゃなかった。願望でやってるならもっと嬉しいとか、興奮した顔になる。
逆にイメトレし過ぎでイメージが焼きついた場合、双方がもっと冷静。
事が終わったらどんなに大怪我でも立ち上がって速攻でいなくなる」
ん〜実話かぁ。もう何でもありだな佐藤。
それに腹筋、ギャグ漫画で鍛えたわけじゃなかったんだ。
あのときそんな筋トレ法あるのかと本気で目から鱗になってた俺がバカだった。
学校生活の表裏両面の頂点に君臨する正義の番長っていうと多少かっこいいけど、一歩間違えて悪い方に権力発揮したら相当ヤバイ奴なんじゃね?
ただ、そう思うのに、だ。
不思議なことに俺の中の佐藤のキャライメージはいつもの佐藤と変わらなかった。
佐藤としては絡まれたから最低限の自衛手段として録音しただけ。
攻撃したのも相手が手を出し、刃物すら出してきたから。
スマホ修理代ってことなら本体に補償とか付いてたって、中学生の金銭感覚プラス現金ーーICカードじゃなくーーで持ってる分で賄うって考えれば、3人の有り金全部で足りるかどうか。
先輩の名前出したり知り合いの名前出したりは向こうもやっていたことだ。
全部あの場で相手との交渉まで終わらせていたから、あれを最後に話も閉じてるはず。
その後裁判になったとかって噂も聞かない。佐藤は最も穏便に済ます方向に舵を切ったんだろう。
それら全部をあの状況で判断して的確にやれる中学生がいるってところが現実味無いといえばそうだけど、佐藤ってそういうヤツで、やってること自体は全て正論だった。
今の戦闘のインパクトが強すぎて、あんなに気になっていたはずのプロジェクションマッピングはもう全く観る気にならない。
人気もだいぶ減ってきて、赤煉瓦の駅舎が向こうに見え始めてるし。
駅が近いのに人が減るって現象は多少気になるけど、入ってきた八重須らへんだってそうだったからまあいい。
「あと何分?」
「13分」
じゃあこのまま何もなけりゃ広場の真ん中でもくるくるして終われそうだ。
日本郵政ビル横を通る。
そしてとうとうたどり着いた。
東京駅。
3年程前に再建された赤煉瓦の駅舎は、日の光に照らされていた。
窓枠の白、屋根のかすれたパステルグリーンも鮮やか。
静まり返った広場に人影はなく、皇居から続く大通りは駅舎正面に真っ直ぐ光の道を作っていた。
対照的に、広場を挟んで駅舎に向かい合うように並ぶ商業ビル外壁は日陰。
冷たい強化ガラスの外壁は彩度ゼロの薄暗さで、光の道をより輝かせるためにあるようだ。
どこからかキャリーケースのホイールの音ががらがらと響く。
始発前の早朝の駅ってこんなんなのかな。格好付けてコーヒー飲みたい気分。
しかしここまで本当に漫画漫画漫画。佐藤佐藤佐藤。
最初から最後まで、漫画と佐藤だらけだったなぁ。
今回は漫画キャラ盛り沢山かつスキマが佐藤で埋まったせいで、それなりにのほほんと歩く時間も取れてた安藤さんの時より『中』に長居した気がする。
でも実は一番ほっとしたのは、その安藤さんが出てこなかったことだった。
佐藤と並んで喋りながら彼女群の一人扱いなんて、もしかしてもしかしたらなんーて思ってたから超嬉しい。
おかげで気楽に今回の振り返りをすることができた。
実際の佐藤がどんなやつだか分からず終いなのが残念といえば残念かもしれないけど、今俺生きてるわけだし何よりだ。
実際の佐藤があの中のどれかだった可能性もあるのかなぁ。
でもあんだけ接近してて、あまつさえすれ違ってさえいたのに気づかれないってのも変だ。
ん〜まいいか。現状大丈夫なわけだし。
駅舎の端から徐々に正面へと近付く。
キャリーケースを持った夏服の中学生は、正面の記念撮影スポットへ向かうようだった。
あそこだけ多少地面が高くなっていて、東京駅と書かれた石が左右に配置されている。
家路前に記念撮影?
旅行客か?
学生服で?
…いや、違う。
見慣れたシルエット。
浅黒く日焼けした肌。
俺と同じ学生服。
もう終わった気になってたけど甘かった。
キャリーケースの主。
あれは佐藤だ。
石の間に到着して真っ直ぐに皇居のお堀の方を見据えている。
駅中央の光の道はまるで佐藤に開かれているような。
あの場所から隠れられそうなスポットは、進行方向上には見当たらなかった。