新説 六界探訪譚 3.やっぱりー3

 いつもより早く学校に来てしまった。
 あんまりしっかり寝れなかったにもかかわらず月曜日の朝に眠くないなんて。
 今日の日直は弐藤さんのようだ。
 先週金曜日に日直だった四月一日が書いた日付に手が多少届かないようだ。
 小柄な彼女はジャンプして消して、下のほうに書き足している。
 そして『弐藤』にわざわざ『にとう』とフリガナを振った。
 以前恵比寿担任が武藤さんと読み間違えたのを気にしているらしい。
 書き終わると、ついてしまったチョークの粉をスカートから適当に払おうとしていたが、手についたチョークで余計に広がった。
 面倒になったのかちょっと残った状態でぺたぺたとスリッパの音を響かせながら席に戻っていく。
 しかもその手で髪の毛を触るから、頭もところどころ白くなった。
 女子の割にああいうの気にしないところが『宇宙人』なんだよなぁ。
 そのまま教室の中ほどを見ると、田室が参考書を開いて必死にノートにカリカリやっている。
 塾の成績争いが忙しいのだろう。ああいうのを見るたびに俺の親は放任で助かったと思う。
 しかも争う対象の一人はほぼ無敵の佐藤。いつもつるんでるわけだから一番よくわかっているはずだ。
 やることもなくぼーっと窓らへんに移動して外を見ていると、がらがらとドアの音がする。
 田中を目撃した日の朝と同じメンバーだった。
 安藤さん、続いて四月一日と他一人二人が入ってきた。
 安藤さんと何か話している。吹奏楽部同士で部活の延長線らしい。
 四月一日がこちらを向くと、安藤さんもその目線を追うようにこっちを見た。
 が、そのまま自分の席に戻っていった。
「アイちゃん早いね」
 四月一日のマイナスイオンが出ていそうな耳障りの良い穏やかな声で話しかけられ、とうとういつもの朝の感じになった。
 比較して別の声を思い出す。
 田中の朝の姿を目撃した日に聞いた安藤さんの『はやいねぇ』はなんとなくうれしい朝の感じがした。
「目が覚めたから」
 人が増えてきた。
 武藤さんも混じっている。小人族の弐藤さんと違って目立つ。
 その弐藤さんは教室に埋もれてどこにいるかすらよくわからない。
 参考書を読みふけっていた奴らが片付けだした。
 佐藤が、続いて鶴見も入ってきた。
 田室の席らへんでいつもの三人になっている。
 佐藤はいつものように爽やか少年の笑顔。
 女子から『シュガー王子』とわかりやすい王子キャラにされるわけだ。
 今日はクラス委員の仕事はないらしい。
 何曜日だったか忘れたが、あったら多分俺が今朝来た時間にはもういるはず。
 俺には縁のない役職だけど、朝早くからめんどくさそうと思った記憶がある。
 田中が来た。
 今日はそこまでしっとりしていない。夏ですね、で通る程度だ。
 朝の寄り道はなかったか。
 いや偽装工作が上手くなったのかも。
 佐藤を見た後だと比較してしまう。
 同じ人間のはずなのになぜこうも違うのだろう。
 一方は王子、もう一方は変態。
 きっと根っこには似ているところだってあるはずだ。
 そう思いたい。
 どちらにせよ田中もこの時間にぞろぞろ入ってくる組だから、安藤さんと違って朝を狙うのは難しそうだな。
「アイちゃん」
 四月一日に呼ばれて意識を引き戻される。
「田中君になんかあるの?」
 四月一日は時々すごくよく見ている。
 矢島がいたら言わないけど、四月一日は口が堅いから大丈夫か。
「実は、」
 小声でこそこそ先日の『勇気ある行動』について話す。
 俺の通らない声と四月一日の癒し声だと内緒話はしやすい。
 矢島だと同じように話しても半径2メートルくらいまで聞こえてしまうだろう。
「ふーん。
 でもエロへのあいつの情熱よりもアイちゃんの感動の仕方がすごい気がするよ。
 僕だったらそーなんだで終わるから」
 そうなのか?
「ん~、先駆者として兄貴がいるからねぇ」
 四月一日は4つ年上の兄がいる。
 前に四月一日家に遊びに行ったときにエアガンを見せてくれた。しかも18禁のやつ。
 危ないからということで見るだけだったけど、かっこよさが半端なかった。
 『買える年齢になった自慢プラス兄貴風吹かせたいんだよ』とつぶやいてきた四月一日的にはいろいろあるらしいが、心から『お兄ちゃんいいなぁ』と思った瞬間だった。
 そのお兄さんと今の実例とやらが紐づかない。
「息切らせて買って帰ってきて、おもむろに学校の鞄から出して自慢してきたことあるから。
 ただねぇ…。
 母親って、すごく勘がいいんだよ。
 どうしてかわからないけど隠しても隠してもばれるんだわ。
 まず本人いないときに部屋入られてるのはもうデフォでしょ。
 あとは…例えば帰りに本買って持って帰ったとするじゃん?
 家にもし母親がいたら、帰りの時間が違うからまず寄り道がばれる。
 いなかったとしても、部屋から出したごみに紛れてるものから推測されたりね。
 本屋の袋とか、間に挟まってたビラとかがいつもと違う、みたいな些細なことから」
 探偵かよ。
 身近にないお母さん像に茫然としてしまった。
 親父は掃除魔だがそういう細かい詮索はしない。一瞥もくれずに、がさっと全部捨てられる。
 大事にしといた机の上の宝物的なやつも勝手に捨てられそうになるから、それはそれで問題ありだけど。
 「兄貴は昔から隠そうといろいろ画策してて、本人はばれてないと思ってるんだけど、ばれてるよあれ完全に。
 パソコンとかスマホとか履歴消してるんだけど、ほんとなんでだろうね。
 うちの親の場合、それを生あったか~い目で見守ってるみたい。
 僕はああはなりたくない」
 したり顔のお兄さんと優しいお母さんのまなざしを浮かべているようだ。
 渋い顔をしている四月一日に無言で頷いた。
「俺も今んとこは兄貴のたまーにこっそり借りたりしてて。
 ただ、兄貴の持ってるやつに載ってる女の子あんまかわいいとは思えないんだよね。
 好みの問題で贅沢かもだけど自分の欲しい…」
 四月一日が眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
 しばらく沈黙。
 と、いきなり、バッと顔を上げ、おもむろに俺を指さした。