公示の翌日。今日からケイトクに護衛がつく。護衛は予定通り騎士団長のゼタになった。
ケイトクは私室を出て、職務室へと向かう。
ケイトクの心内は暗い。護衛がつくと厄介なことが多いからだ。
トイレの時でさえ見えるところに誰かがいる状態で、気分のいい者などいないだろう。
まだ父・サンサイが政治を執っていたころは常にそういう状態だったが、隣国と和解してからは自由の利く生活をしてきただけに、久々の護衛はこたえる。
現騎士団長は護衛の経験があるし、ケイトクともわりと仲が好いため、まだ幾分かましではあるが、それでもケイトクの足取りは重くなっていた。
「陛下。今日から護衛つきなのに、一人でふらふらされては困ります」
曲がり角を曲がったところでいきなりゼタが現れたので、ケイトクは仰け反った。
「…びっくりさせるなよ」
どうやらそれが目的だったらしい。にんまりと笑う騎士団長は、くるりと進行方向を変えた。
「じゃ、いきましょう。陛下」
ケイトクはほっとした。昨日の公示の直後から、態度が変わった者が多い中、ゼタはいつも通りだったからだ。
それと同時に、すまない気持ちになった。
「悪いな。新婚三ヶ月のお前にこんなこと頼んで」
「本当ですよ」
ゼタはむっつりしていた。だが怒っていないのは良く分かる。
護衛の仕事はきつい。ケイトクが朝起きた時から眠るまで、場合によっては眠ってからも、神経を遣わなければならない。
無論、家に帰る暇などなかった。
しかも今回はいつ終わるか分からないのだ。
ケイトクはゼタのためにも、できるだけ早く自分が好きになったらしい男を見つけなければならないと思った。
当のゼタはというと、口笛を吹いている。上機嫌なものだった。
─────ま、ゼタにしてみれば朝飯前だよな。
というよりも、ゼタが横に立っているだけで事足りてしまうのだ。
そもそも王宮騎士団そのものが、この世界で一、二を争うほど強靭な剣術集団であり、ゼタはその団長なのだ。しかもゼタは、当時の団長を僅か一秒で倒して団長に就任した。
魔法使いが相手だと話は違ってくるが、王宮内では王宮魔法士が防御策を張っているので、その心配もない。
つまり、今の時点でゼタが気を張る必要は全くなかった。
職務室に入ると、ゼタはおもむろに椅子にどかっと腰掛ける。そして、ケイトクが休憩用に図書室から持ってきた本を読み始めた。
ケイトクもまたいつものように席につき、書類をかき集めた。
しかし、いつもと違うところが一つあった。
ケイトクが席に就いてから一時間半。
「ゼタ。今何時?」
「十時半」
─────おかしい。
ケイトクはドアを見やる。
ジルコーニが来ていないのだ。
「おかしい」
思わず口に出た。
「何が」
「ジルコーニが来ない」
「当たり前じゃないですか」
ゼタの口から出た言葉が信じられなかった。
「独身男が用事も無いのに国王のところにふらふら来てたらまずいでしょう」
─────あ。
その通りだった。そもそも、ケイトクがゼタを護衛にした理由がそれなのだ。
当然のことを、完全に失念していた。
「そうだな。うん…」
つまり、これからしばらくは、朝ジルコーニの顔を拝むことは無くなったというわけだ。
ケイトクはがっかりした。
そのケイトクの様子を見たゼタはこう思った。
─────もう分かってるんじゃねえの? 好きな男。