その日。王宮内はてんやわんやの大騒ぎになっていた。
超特急でケイトクが着られる女物の服を見繕い、公示の準備をし…。
ケイトク自身もまた大忙しだ。
そして今、昼となった。その姿を国民に見せなければならない。
この国では、国王はマスコット的な存在意義をもっており、大事が起こればその都度姿を見せなければならなかった。
「女物の服って、えらい窮屈だよな。昔いっぺん着たっきりだから、ますます身にしみるよ、そのことが」
周りにいる者たちにぼやいたが、服を見繕ってきたメイドたちは、あまりに似合っているケイトクに驚きを隠せなかった。
「準備いいか?」
ジルコーニだ。部屋に入ってきた。
「…ほお。これはこれは」
まじまじとこちらを見てくるジルコーニに、ケイトクは気恥ずかしくなった。
「な、なんだよ。どっか変なとこでもあったのか?」
「いや。あんまり似合ってるもんだから」
周りのメイドは一同、心中でこう思った。
─────よくぞ言ってくれたっ!!
ついこの間まで男の体型だったケイトクに向かって言ってもいいのかどうか悩みあぐね、ここまで曖昧な態度で通してきたメイドたちの奇妙な緊張が、さっとほどけていった。
「…はは。じゃあ行こうか」
諦めというか悲壮というか、とにかく曖昧な笑みを浮かべたケイトクは、ジルコーニとともに部屋を出た。
「このハイヒール履いてると、今にも足首挫きそうだよ」
ケイトクの文句は止まない。
「仕方ないだろ。”女”ッぷりが遠目にも分かるようにするにゃ、それっきゃないんだから。観念しなさ~い!」
ニヤニヤと笑いかけるジルコーニ。
「あと五分ほどでございます」
祭事担当の役人が言う。
「ちょっと早いが、行くとしよう」
ケイトクは扉を開けた。人々の待つ広間へ。
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「ふう…」
公示が終わって、部屋に戻ったケイトクは、持ってこさせたブランデーティーで一服していた。
これで第一関門終了だ。だが問題はこれからなのだと、ケイトクにはよく分かっていた。
この王宮内には、権力を伸ばそうとしているものが大勢いること。その中には、ケイトクとの玉の輿を狙っていたものも多いこと。
ケイトクが生まれてすぐから、そういった目的で送り込まれた貴族の子供もいた。ケイトクは純粋に友達だと思っていた。
しかしその多くは、ケイトクが成長し、目論見が無駄であると分かるや否や離れていった。
ケイトクの男性化が進むと、王宮内の男たちもプライベートでは近づかなくなって、ケイトクの周囲をメイドが取り囲むようになる。そのメイドたちも、玉の輿を狙う者が多かった。
そして今回問題なのは、離れていった王宮内の男達である。一度は諦めたところへ、もう一度チャンスが回ってきたわけだ。
今日すでに目の色を変えている者が、確実にいる。
そして、そうなれば、場合によってはケイトクの身に危険が及ぶこともあるのだ。
─────ジルに…いや、だめだ。ゼタに護衛してもらうしかないかな。
ゼタとは、現王宮騎士団長である。ジルコーニを打ち消したのは、独身だからだ。もしジルコーニを採用すればそれだけで関係を疑われかねない。
ケイトクにそんな気は全く無いのだが。
残ったブランデーティーを一気に飲み干す。
ケイトクはこれまで自分に近づいてきた人々を思い浮かべようとした。しかしその顔は、記憶の中でぼやけている。
年月を重ねるごとに、ケイトクはそれらの人々に温かく接しながら、しかし冷たい一線を残しておくことに長けていった。
唯一残っているのがジルコーニだった。
彼だけが、権力だの陰謀だのを持ち込まないで付き合ってくれた。
最初はもしかすると、他の人と同じ目的で近づいたのかもしれない。でも、今は違う。
ジルコーニとは、友達だ。昔も。今も。これからも。