男性化志望者とその友人 4

「…公表すべきではあるな。だが問題は原因のほうだ。ケイトクが自覚してないだけかも知れん」
 ため息をつくジルコーニ。ケイトクはすぐにジルコーニの意図を察した。
「つまり僕が誰かに恋をしていて僕自身それに気づいていない…と」
「ま、そーいうこと」
 ジルコーニは後ろに束ねた自らの髪を弄んで、ついっと目線を逸らした。
 つまりジルコーニが言っているのは、『ケイトクが自分の心すらまともに掴めていない』ということなのだ。
「そんな…!」
 ケイトクは珍しく頭に血を上らせた。そして、立ち上がる。
「まあ落ち着けって」
 自分に近寄って、そして、ポンポンと肩をたたいてきたジルコーニを”見上げ”、ケイトクは唇をかんだ。
 以前はほぼ同じ目線に遭ったジルコーニは、今や見上げる高さだ。
 自分の身長は、明らかに縮んでいた。丁度、背の高い女ぐらいに。
「とりあえず、座れよ」
 いつもと変わらないジルコーニに、ケイトクは椅子に再び座らされた。
 そして、言った。
「それが原因だったとしたら、そう悪くないんじゃないか? 要するに、相手がつかめれば何の問題も無い。違うか」
 ケイトクは目を見開いた。
 違わない。その通りだった。
 自分の性別嗜好が変わったというのは自分でも気持ち悪い。だが、『男が好き』なのではなく『ある人物が好き』なのならば。
 そのことは、ケイトクの気分を和らげた。
 自分は女のほうが好きだ。しかし、なんの間違いかどこかの男に惚れた。
 そんなことがあるのだろうか。
─────ある…かもしれない。
 初めて女を抱いた時も、感慨が沸かなかった自分。
 好きな人に振られても、感慨が沸かなかった自分。
 ケイトクは今、自分の心が全く信用ならないものだと自覚し出していた。
 国王としては、自分が男であるのがベストではあるが、女で王位に就いた人物も多いのだから、それも差し障り無い。
「つ・ま・り! 今日からお前がやることは、自分の気持ちをしっかり思い起こしてみること。これに尽きる。それさえ済めば、後は相手次第なわけだろ? 相思相愛だったらよし。そうでなかったら、また男に戻れるかも知れん」
 びしっとケイトクを指差してくるジルコーニに、おずおずと聞き返す。
「でも…もしもそういう相手がいなかったら…」
「そしたらまた考える!」
 腰に手を当てて自身ありげにふんぞり返った。ケイトクはくよくよしていたのが馬鹿らしいことだと思えた。
「はは、そうだな。ジルの言う通りだ。じゃああとは公表の手順だな」
 ひとしきり話してから、ジルコーニは部屋を出て行った。
 ケイトクはランプを小さいものにする。
 今日の夕食の時、周りの者に伝える。上役達にはこれからジルコーニが言ってきてくれる。早ければ明日の昼からでも公示しよう。
─────馬鹿みたいだ…
 ケイトクはつくづく自分を恥ずかしく思った。
 完全に、ジルコーニのおかげだった。
 ジルコーニはどうしてこんな奴と付き合ってくれているのだろう。
 それは今初めてケイトクに浮かんだわけではない疑問だった。
 昔ジルコーニ本人にそれを聞いてみたことがあった。
 そのとき、ジルコーニはこともなげにこう言ったのだ。
 『友達でいるのに理由がいるのか?』と。
 それがどれほどケイトクの支えになってきたか。それは恐らく誰にもわかりはしまい。
 ケイトクは今、自らの脳裏でその言葉を反芻した。
 そして、夜空に光る無数の星を見上げた。
─────僕らは親友だ。