「だから、最後に少し、いい思いさせてもらっても良いだろう?」
ジルコーニはそう言い放つと、ケイトクのあごを軽く持ち上げた。そして、唇にキスをする。啄ばむようなものから、深いものへと変わる。
ケイトクは、何もしなかった。全てジルコーニの動きに任せていた。
「…なんだよ、ケイトク」
ジルコーニは唇を離してケイトクを見た。
「何でそんな顔するんだ?」
ケイトクは逃げようとも思わなかった。怒ってもいなかった。ただ、冷静に座っていた。状況が理解しきれていなかっただけというのもある。
「お前、俺のこと軽蔑したか? そうだろうな。だからそんなふうに俺を見るんだ。俺は…」
一歩あとずさって、ジルコーニは髪を掻き揚げた。さらりとした長髪が、指の間を流れる。
「俺は…お前のこと好きで…好きでっ…」
ジルコーニの目に何かが溜まっていく。
「それだけ…」
ケイトクは泣いているジルコーニを、じっと見つめていた。
要するに、ジルコーニはあの少年兵に、いや、誰かも知らないケイトクの想い人に嫉妬したのだ。
ケイトクは確かに、一瞬驚いた。だがそれ以上に、ジルコーニが隠していたその感情は、あまりにもケイトク自身に都合がいい。
──―――ジルよりも僕のほうがよっぽど冷たいのかもしれない。
ケイトクはジルコーニのほうへと歩み寄った。ジルコーニは、普段の様相を毛ほども残していなかったが、やはりそれもジルコーニなのだ。
「もういい。どうにでもしろ。俺をどこかに監禁するか? それとも今すぐゼタを呼んで殺すか?」
「ジル」
ケイトクはジルコーニを見上げて、その頬に手を当てた。涙で湿っていたけれど、温かかった。
「判決を言い渡す」
辺りはなぜか静かだった。
「四ヶ月の自宅謹慎に処す」
「…良いのか? そんな……」
ジルコーニが言いかけた言葉を、ケイトクは制した。
「まだ言い終わってないよ。世間ではなんの事件も起こってないんだ。そんなに重い刑罰には出来ない。でもそれだけじゃ、流石にまずい」
ジルコーニが強張ったのが、右手からケイトクに伝わる。ジルコーニを見上げていることは、もう気にならない。
「さらに二週間は、遊郭・娼館通い禁止。僕が直々に”監視”してやるから、覚悟しておけ。最後に、謹慎があけたら僕と婚約すること。以上!」
ケイトクは自分が言った台詞を実感して、赤らんでいった。
ジルコーニはぽかんと口を開けている。
「なっ…それは…どういうこと…? だってお前っ」
うろたえている。ケイトクはジルコーニの一連の変化ぶりを見て、内心嬉しくて仕方がなかった。
──―――ジル、かわいいなぁ…
ケイトクはジルコーニから手を離した。
「あのね、ジル。人間の考え方って、変わるものだよ。初めて会ったときは確かに友達だと思ってたかもしれないけど、今は違うってこともありえるの」
だから、これまでジルコーニとケイトクが親友だったことは、ケイトクにとって嘘ではない。
「それに、あの少年兵のことが好きだったっていうのは、ウ・ソ! あれは、男に接触するなって言われてたのに、男と手合わせしたことがばれたら、ゼタの護衛がきつくなっちゃうと思ったから、咄嗟に嘘ついてごまかそうとしたの」
ジルコーニの表情が、ゆっくりと変わっていく。
「何でジルが気づかないかなぁ。肝心のゼタなんてあの後すぐに『アレは嘘でしょう』って確認してきたのに」
ケイトクは、ジルコーニが気づかなかった理由もちゃんと分かっていた。ジルコーニは焦っていたのだ。ケイトクの想い人は誰か、それを突き止めるために。そして嫉妬と恋心が目を曇らせた。
浅黒いジルコーニの肌が、ほんのり上気する。
「ジルが色々悩んだのは分かるけど、僕だって結構悩んでたんだ。ここ二ヶ月ばかりは、頭いっぱいだったんだぞ。それに…」
『ジルコーニに振られたと思ったあの時の僕の気持ち、考えてくれよ』そう続けようとしたが、ジルコーニに抱きしめられて言えなかった。
「ん…ちょっ…くるじ…」
ジルコーニは無言だった。ケイトクはジルコーニの腕の中でごそごそと動いて酸素を確保する。
「ケイトク、こんな細かったっけ」
ジルコーニはそうつぶやいた。