「おおっと、ラナちゃ~ん! 君の入れた紅茶、俺もほしーなぁー…」
いつもと変わらない。軽い・嘘つき・女好きの、ジル。
ラナはくすりと笑って、ゴンドラの下の段のカップを取り出した。
「あれ? 今日はゼタいないの?」
青い瞳が、今は雨雲で見えない空を写しているようだ。
ジルコーニは早速ラナの入れた紅茶をすする。
「やぁっぱり、ラナちゃんのが一番だよ…」
「ふふ…ジルコーニ様はメイド全員にそう言ってるってコト、知ってるんですよ」
「君には心のこもり具合が違うよ。分かんないかな。その愛ってやつが」
──―――ほんっとにいつも通りのジルだな。ああ、いらいらする。
「おりょ。ケイトク、どうした? ゼタがいなくて寂しい?」
「違う」
「あ、それとも妬いてる?」
──―――そのとおりだよ!
「違う」
ジルコーニは徹頭徹尾、”いつものジル”だった。昨日ケイトクを振ったのにもかかわらず。
ひとしきり与太話をして、ジルコーニは帰っていった。
ケイトクはその話に極力あわせた。叫びたい気持ちを抑えて。
ジルコーニがあまりにいつも通りなこと。ラナどころか、だれにでも愛想よくしゃべっていることが、いらだたしかった。
──―――ジルがいけないんだ。ジルが。
元はといえば、自分がジルコーニのことを好きになったことから始まっている。
熱愛騒動の噂を持ってきたのもジルコーニだ。
バロッケリエールのことにここまで深入りしているのも、ある意味ジルコーニのせいではないか。デミアンの変調を知らせたのが、ジルコーニなのだから。
──―――あれ、おかしいぞ。
別々の二つの事件。その両方に、ジルコーニの姿が見え隠れしている。
あの少年兵。どこの所属だったのだろう。ジルコーニは騎士団の副団長だったから、第二分隊担当だ。まさか、そんなことはないだろう。しかし。
あの噂。なぜジルコーニが持ってきた。メイドの誰かでも良かったんじゃないのか。
『青い悪魔』。その言葉は、あの視線を放つジルコーニを形容するのにぴったりではないのか?
動機は?
ダヤン家の復興のために、バロッケリエール家が邪魔だった。
二つの事件を結びつけたのは?
国王自らに調査させることで、自分の無実を証明するため。
ケイトクがジルコーニを信じて疑わないだろうという、絶対の自信。
だとしたら。
ジルコーニは出会ってからずっとずっと、僕を騙していたのか?
『友達でいるのに理由がいるのか?』
ジルはそう言った。ジルには、あったのだろうか。ケイトクの友達でいなければならない理由が。
出会ったときには既に、そういうことになっていたのか?
『どうしてここにいるの?』
『…わからない』
出会ったその日、もうジルは、その理由を知っていたのか? 知っていて、うそをついたのか? ”策士”ジルコーニ。
昨日振り出した雨が、ようやくあがったらしい。雲間から差し込む日差しは、温かかった。
「おかわり、いりますか?」
「いや、いい」
ラナは空のカップを二つ、下げた。
ケイトクはそんなラナを覗き込んで、あの屋敷のメイドの青白い顔を思い浮かべてた。
あのメイドも、かつてはこんなにも血色の良い顔をしていたのだろうか。あの屋敷も、もっと華やいでいたのだろうか。いつからああなったのだろう。
いつから、こうなったのだろう。