カラス元帥とその妻 9

「結婚生活はどうです?」
「ええ。上手くいってますわ」
 あの人は何にも喋らないから、ヤナが話し相手。
 あの人は私に興味ないみたいだし、実を言うと他に誰か女がいる可能性まで考えてる。
 私も実際あの人のことそこまで好きじゃないし、っていうかぶっちゃけあの人がわかんない。
 得体の知れない生き物との結婚生活。ああ。考えてるだけでぐったりしてきた。
 でも、上手くいってるってことにしておくわ。政略結婚なんて、そんなものよ。
「カジムのことだから、何も喋らないだろうし、疲れるだろう」
 流石。よくわかってらっしゃる。私よりも、あの人のこと、詳しいんじゃないの?
「そうでもないですわよ」
 へたくそな嘘。いつからこんなに仮面を被れなくなったのかしら。
「ふふ…。貴方はどうか分からないが、貴方が思ってる以上に、カジムは貴方のことを気に入ってますよ」
 どうだかね。
 ほら、よく言うじゃない。幸せなら態度で示そうって。
 全然態度に表れてないもん。わかんないもん。
「だといいんですけどね」
「よおく見れば分かりますよ。カジムのいいところは」
 そうかしら?
 確かに、私って割と眠りが浅くって、ちょっとしたことですぐ起きるけど、あの人が部屋に入って来る音で目が覚めたことはないわ。
 つまり、静かに静かに入室してるのよね。私を起こさないように。
 それに、命令口調になったこともない。悪い意味で亭主関白なことは、何一つしてない。
 …それぐらいかしら。
「それに、あれの考えてることも」
 全然分からないわ。
「そうなれるように、努力しますわ」
「案外単純なんです。カジム・ファイ・クライングクロウって奴は」
「へぇ…。ところで、私のことばかりお尋ねになってますけど、そちらはどうなんですの? 奥様とは」
 ふっと微笑む。その表情は、『美しい』としか言いようがなかった。
「分かるでしょ?」
 急に子供っぽくなる。
 ああ。やっぱりこの人は、奥さんを愛してるのね。
「今、分かりましたわ」
「カジムは色々と苦労も多いから、感情を抑えるのに慣れてしまってるんですよ。いい奴です。あれは」
 苦労? 貴族なのに? それに、感情なんてあるのかしら。
 まあ…あるのでしょうね。私には見せないだけで。
「カジムをよろしく。カジムの友人として、お願いします」
「出来る限りは。では、失礼させていただきますわ」
「王宮の中も、ゆっくり回ってくるといい。貴方の国とは、様式もずいぶん違いますから」
「ええ。そうさせていただきます」
「また、いらしてください」
 にっこり頷いて、部屋を出る。グレイと頷きあう。
 ん? さっきの役人は? あ、いた。立ち話してる。サボタージュはだめよね。
「…カラス元帥の奥さん、めちゃ美人だよな」
「色気ムンムン。近くで見るとほんっとにイイ」
「あんなカラスのどこが好きなんだろーな」
「政略結婚だからしょうがないだろ。じゃなきゃカラスが結婚なんて無理無理。カラスの奴、生まれが生まれだから…」
 グレイが眉をひそめた。
 へえ、あの役人、言ってくれるじゃないの。ちょっとお仕置きしてやろう。
 こっそり忍び寄って、
「カラスって、頭のいい鳥なんですよ。鳩なんかと違って」
 飛びのく二人。あ~、いい気味!
「あ、アカエ様。あの…」
「あら? 烏の話をしていたんじゃないんですの?」
「え、あ…っと…は、ぁ」
「鳥の」
 冷や汗が流れる二人が、ほっと胸をなでおろすのが分かる。そして、その表情に生気が戻った。
 私も悪魔じゃないわ。国王にチクッたりはしない。
 でも、あれ、”私の旦那”なんだからね。別にあの人を弁護したわけじゃないんだから。
 王宮をぐるっと一巡り。で、グレイとまっすぐ帰宅。
 でも、ちょっと気になるわね。
 『生まれが生まれだから』ですって。何のことかしら。
 クライングクロウ家は、貴族のはず。どういうこと?
 夜にでも、グレイに聞いてみよっと。