カラス元帥とその妻 7

 結婚式から二十日。
 家事は完璧。料理は…聞かないで。ホントに。
 これだけ経つと、家の中の役割分担もはっきりしてきたみたい。
 稼ぎ手はあの人。お金の管理はグレイ。庭の手入れと力仕事・日曜大工はマイケル。同じく庭の手入れと料理がヤナ。
 で、屋敷の手入れが私。
 この家広いもの。毎日毎日掃除しても、いつのまにか埃が溜まってるの。
 でも趣味も出来たわ。掃除しながら発見したインテリアを配置しなおしたり、ちょこっと手を加えたりして、私好みの屋敷に改造するの。
 うわ。どんどん専業主婦じみてきてる。いけない。
 最近楽器も弾いてないし。前は三日に一度は確実に触ってたのに。マイ・バイオリン。
 あ、帰ってきた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
 ここ数日、この台詞以外の会話バリエーションは、『おはよう』『行ってらっしゃい』『お休み』ぐらいね。
 明後日は仕事休みだから、『お帰りなさい』『行ってらっしゃい』もなくなるわけだ。
 さみしいな。
 ご飯を食べて、お風呂に入って。
 いつもとおんなじ。おーんなじ。つまらない日常。
「先に部屋に行ってます」
「分かった」
「おやすみなさい」
「お休み」
 おんなじ…いや。ちょっと変えてみよう。部屋に行ったら、久しぶりに一曲弾いてみよう。
 近所迷惑なんてないわよね。だってここ、街から少し離れてるし、お隣もないし。
 あったあった。マイ・バイオリン。
 ギュィー
 ああ、いい音。ちょっとテンポの速い曲が好きなのよね。
 たまらない。やっぱりこれが足りなかったのよ。これが。
 一曲終わり。今度はゆっくりめのやつ。
 あ…ちょっと眠くなってきたかも。
「…いい曲だな」
 びっくりした。いつの間にベッドサイドに座ったの? そもそも入ってきてたことに全く気づかなかった。
「…聞いてたんですか?」
「聞こえたんだ」
 屁理屈っていうのよ、それ。目がさめちゃった。
 いいわよ。聞かせてあげる。
 ん…緊張するなぁ。でもちょっと嬉しい。
 ベッドサイドに座って、演奏会? いえ、違うわ。だって弾いてるのは私だけ。聞いてるのは彼だけ。
 さみしくは…
 って、ええっ! 寝てる! いつの間に横になったのかしら。
 まだ弾き始めてそんなに経ってないのに。
 興味、ないんだ。音楽。気合入れてたのに。腰砕け。
 ちょっと、あなた。リクエストまがいのことしたくせに、早々にばっくれてんじゃないわよ。
 でもたたき起こすのも気の毒。気持ちよく寝てるみたいだし。
 あ、そういえば、この人が私よりも先に寝たことなかったわね。
 ついでにじっくり寝顔見物してやるわ。
 う~ん。実に快眠って感じね。何されても起きませんっていう顔してる。
 えい。でこチュー。
 起きない。
 この先は…やめよ。私も寝よう。
 ごそごそ。あったかい~。あったかいベッドって気持ちいい~。
 腕発見。いつも抱きつかれる側だから、いいわよね、偶には抱きついても。
 お休み、無神経な旦那様。