カラス元帥とその妻 26

 で、私は晩酌。今日はちょっとヤケ酒はいってるかも。
 だって、頑張ったのよ。わたし。頑張ったんだから。
 確かにカラスさんは仕事で疲れてて、料理なんて味わう暇ないのかもしれないわ。でも、でも!
 さっきから結構な量飲んでるのに、いつもみたく眠る気にならないわ。全然。
 そりゃあ、私とあなたは単なる政略結婚の仲よ。でも、もうちょっとなんかないの? 接し方ってもんが。
 テーブルに突っ伏して、大きな大きなため息を吐き出す。
 吐き出しても吐き出しても気が楽にならない。何故?
 がたん
 あれ? 何かしら、この物音。
 あっちだ。あっちは…ヤナの部屋…よね。
 どうかしたのかしら。
 夜だから、足音は厳禁。
 そろりそろり。
 ヤナの部屋のドアが、ほんの少ーしだけ開いている。
「…あ…だめぇ…」
 ヤナの声だ。もしかしてこれって。
「無理」
 しかもこれは。
「でも…ぅんっ…」
 見た。女主人は見た。実際に。
 ヤナの相手はマイケルだった。
 えーーーーー! まじでーーーー! うそーーーーー!
 って、こんなことしてる場合か、私。
 こっそりと、その場を離れようとしたときだった。
 何者かが、私の肩を叩いた。
 振り返る。
 もう一歩で、「きゃぁっ!」と声が出るところだった。
 そこにいたのはカラスさん。私の口を押さえて、人差し指を立て、しーっというポーズをしている。
 彼はゆっくりとその手を離すと、目線を動かした。その目は、この場を離れようと言っていた。
 
 
 
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「あなた、知ってたのね」
「…知らなかったのか」
 寝室に入って、ベッドに腰掛ける私。カラスさんはベッドに横になった。
 斜め下目線で彼を見下ろす。
「でも、まだ早くないかしら」
 カラスさんは目を見開いた。
「アカエ、マイケルがいくつだと思ってるんだ?」
「え?」
「もうあいつは二十だぞ」
「うそ…」
 だってだって、どう見たって十五、六じゃん! 
 あ、でもそれを言うならヤナも結構な童顔だから、ありえない話ではないかも。
「俺はそれ以上に、相手がヤナだということに驚いた」
「? どういう意味?」
「アカエが来てから一週間ぐらいのころ、相談を持ちかけられた。好きな人がいるんだが、どうしたらいいのかさっぱりわからない、とな。あれでもあいつは女に不自由してない口だ。そのあいつが恋愛相談。しかも相手は恋愛経験ゼロのメイドときた」
 開いた口がふさがらない私。何? この展開。
「『そういうのはお前のほうが良く分かるだろ?』と言ったら、『自分が好きになったことは一度もない』んだと」
 ほとほと嫌気がさした、という顔をしたカラスさんが、なんだか不思議な生き物のように見える。
「で、あなたは何て?」
「…『とりあえず告白からじゃないのか?』」
 ほんとに、そう思ってるの?
 マニュアルじゃなくて、あなた自身がそう思ってるのだったら。
 そうしたら、何も言われていない私って、何?
 そう思ったら、なんだか笑えてきた。もう、どうでもいいや。
 カラスさんはまだベッドの掛け布団の上に寝そべっているけれど、私は一足先に、掛け布団の中にもぐりこむ。
「おやすみなさい」
 カラスさんは返事もしない。
 一息ついて、カラスさんに背中を向けて目をつぶる。
「アカエ」
 カラスさんがごそごそとベッドにもぐりこんできた。
 いいもん、もう寝るもん。
「ぅ……った」
「ん? 何?」
 首だけカラスさんのほうに向き直る。
 カラスさんと一瞬目が合ったけれど、彼はすぐに目を泳がせた。一体何?
「もう寝るわね」
「あ…」
 何よ、もう。
「うまかった。ごちそうさま」
 カラスさんの顔が赤くなっているのが分かった。ほっとした。
「おやすみv」
 私は彼のほうに体をむきなおした。
 彼はなんにも言わないし、なんにもしなかったけど、まあいいか。