カラス元帥とその妻 24

 舞踏会が終った翌日の昼。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 旦那様御帰還!!
 ああ、だいじょうぶかしら。この人、ちゃんと仮眠取ったのかな。
 顔色わるめ。目の下はくまだらけ。
「長丁場お疲れ様でした。お風呂沸いてますわよ」
「ああ。すまん」
 っていっても私が沸かしたんじゃなくってヤナが沸かしたんだけど。
 わりとしっかりした足取りで風呂場へ向かう。
 ああ、そういえば昨日のこと、何て話そう。
 っていうか、話していいものかしら。ヤナのキスマークのこと。
 どうしようどうしよう。うーん…
 あれ? もうお風呂上がったの?
「早かったのね」
「…少し疲れた。上で寝る」
「何か少し召し上がらなくても?」
「いい。向こうで食べた」
 タオルでワシャワシャ髪の毛を拭いている姿が様になってていい。
 髪の毛が硬めで短いから、ぬれても変な風に飛び跳ねてて間抜けっぽいけど、それもまたよし。
 って、なに妄想し始めてるんだよ、私っ!
 その時既にカラスさんは上にあがっちゃっていて。
 私一人で目を泳がせて。
 馬鹿みたい。
 はぁ~、何しよっかな。
 もうお昼も食べちゃったし。
 あ、そうだ。こっそり部屋に入って、カラスさんの寝顔を拝見しちゃおう。
 ぬきあしさしあししのびあしぃーーーなんちゃって。
 まだ流石に眠ってないかなぁ、などと思いつつもこっそりドアを開けてみる。
 あ、寝てる寝てる。疲れてるからか、私が部屋に入っても全く起きる様子なし。
 あーあー、髪の毛まだぬれてるじゃないの。
 薄く口が開いていて、とってもとっても無防備な彼。
 そっと彼の頬に手を添えて、私は。
「ホント、おつかれさま」
 えい。
 口にキスしても起きない。
 ちょっと寂しいけど、本当に爆睡してらっしゃるわ。
 
 
 
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 彼が目を覚ましたのは何と夜八時でした。
 そして、そんな時間まで眠っていた人が、夜まともに眠れるはずがない。
 というわけで、彼は夕飯の後もぼおっとあの窓辺で月を眺めていた。
 そして、私はヤナの話をしようかしまいかぐずぐずしながら、すぐ横で晩酌。
「あなた」
「…ん?」
 ちょっと反応が遅れたのがヤな感じ。
「あの…」
 ちょっと沈黙。どうしよっかな。まだ踏ん切りがつかない。
「あっと…」
 結局私の口から出たのは別の質問。
「何で私が毎晩お酒飲んでも何にも言わないのですか?」
 まあ、確かにこれはこれで気にはなってたんだけどね。
 そして、これに対するカラスさんの答えがこれ。
「好きなんだろう?」
「え?」
「酒」
「…ええ、まあ」
 そりゃ好きさ。じゃなきゃ飲むかっつーの。
「じゃあ、いいじゃないか、べつに。それで誰かに迷惑がかかってるわけじゃない。俺は、かまわん」
 割り切った考え方してるのね、あなた。
 あっさりしすぎて拍子抜け。と、思いきや。
「私もう寝るわ」
「だめだ」
 即答した後、カラスさんはため息をついた。
「俺が、眠れると、思うか?」
 わざと途切れ途切れにしたところに、彼の意図がものッ凄く強く含まれているようで。
 でも私もそれに反論する気もなくって。っていうか、ヤナのキスマークのせいか、ちょっとあおられぎみで。
 結論。夜は長かったってことで。